■恐れられる蜂(コアシナガバチ3−各器官)

5月初め、バイクに巣を作ったコアシナガバチの女王蜂と巣を採取して観察してきた。6月末には、屋上に大きな蜂の巣を見つけた。そこには多くの働き蜂が群がっていた。巣は反り返っているので、コアシナガバチである。もう少し詳しく観察したかったので、採取することにした。虫網と噴射式殺虫剤を使って、巣と10匹のコアシナガバチの働き蜂が採取できた。今回はその働き蜂を使って、いろいろな器官の詳細を調べた。

採取したコアシナガバチの巣 コアシナガバチの働き蜂
図1 採取したコアシナガバチの巣 図2 コアシナガバチの働き蜂


図1は今回採取したコアシナガバチの巣であり、図2は働き蜂である。



・連結部の詳細

前々回、女王蜂の後翅のフックを観察したが、実際に前翅と接続している状態が観察したかった。採取した働き蜂の翅をハサミで切り取ったところ、中に前後の翅が接続したまま切り取れた翅があった。この翅をそっと広げ、その接続部を観察した。

フックで連結している翅 前後翅の連結部の光学顕微鏡像
図3 フックで連結している翅 図4 前後翅の連結部の光学顕微鏡像


まず、蜂の翅は飛んでいないときは、折りたたまれていることが分かった。図2は死んだ蜂であるが、図3左は、ガラス瓶に止まっている生きた蜂の写真である。画像を引き延ばして翅の様子を観察すると、図3右側の説明図のようであることが分かった。
すなわち、前翅は二つにたたまれ、その後部に鉤(カギ)、いわゆるフックがあり後翅が接続されていた。
全体としてはZの字のように折りたたまれていた。図2の死んだ蜂の翅も同様であった。蜂が飛ぶときは、Z形に折りたたんだ翅を広げるのであろう。
図4は、折りたたまれた翅を広げ、フックが見えるように固定した状態である。これは飛んでいるときの胴体側に当たる。図4左の白枠は連結部であり、右下はその拡大写真でありフック列が見える。

連結部のSEM像 連結部の拡大
図5 連結部のSEM像 図6 連結部の拡大


図5,6は連結部のSEM写真で、図6はその拡大像である。さらに連結の様子が分かるように試料を回転傾斜して観察したのが、図7,8である。

斜めから見た連結部 図7の拡大
図7 斜めから見た連結部 図8 図7の拡大


図7,8の右側が前翅であり、左側がフックの付いた後翅である。端がC形に巻いた前翅に、後翅のフックが、はめ込まれているのが分かる。さらにフックが巻きこんでいる様子を観察するため、連結部を真断面方向から見た。その結果を、図9,10に示す。

連結部を正面から 図9の拡大
図9 連結部を正面から 図10 図9の拡大


観察の結果から、C形に曲げられた前翅後端とC形の後翅のフックが、きちっと繋がっていることが分かった。当初は、前翅の端は厚く丸くなっているのではないかと想像したが、厚さはせいぜい3倍くらいで、C形にカールしていた。翅を閉じるときは、ちょうど蝶番のように、フックを軸に二枚の翅がV字に折れることになる。

連結部横の翅の断面 図11の拡大
図11 連結部横の翅の断面 図12 図11の拡大


次に、翅の厚さを観察するため、連結部の右側の前翅の断面を拡大した。その結果を図11,12に示す。翅の両面には、同じように毛が生えている。毛は円錐形で、ドリルのように凹凸の縞構造がある。図12から、蜂の翅の厚さは、約2μmであることが分かった。食料品の保存用ラップの薄いもので、その厚さは10μmと説明されている。ラップの5分の1の薄さの翅で、羽ばたいているとは、驚異的である。

連結部横の翅脈 図13を拡大した翅脈断面
図13 連結部横の翅脈 図14 図13を拡大した翅脈断面


図5の連結部のすぐ下に見える翅脈の断面を観察したのが図13,14である。翅脈には、栄養や神経が通ってようである。翅脈は、幅が約40μm、高さが約20μmであった。



・産卵管の詳細

前々回、女王蜂の産卵管を観察したが、働き蜂の産卵管も詳細に調べた。
図15は、働き蜂の尾部の横から観察した産卵管である。

尾部に突き出た産卵管
図15 尾部に突き出た産卵管


上方から見た産卵管 図18の拡大
図16 上方から見た産卵管 図17 図18の拡大


図16,17は、背側からSEM観察した産卵管である。先端の3分の1にはヘラから2本の針が突き出ている。針には、ノコギリの刃のような返り棘がある。
試料を裏返して、腹側から観察したのが図18,19である。

下方から見た産卵管 図20の拡大
図18 下方から見た産卵管 図19 図20の拡大


腹部からは、二本の針がはっきり見える。針の大きさは、女王蜂(恐れられる蜂(コアシナガバチ1−女王蜂))とほぼ同じである。鋭い刃の角度も40度くらいで同じである。産卵しない働き蜂の産卵管は、敵を攻撃するだけのものであるとしか考えられない。どんな時に、どんな相手に使うのであろうか。

蝉の時と同じように、この産卵管を切断しながら、その断面を観察した。

断面観察した位置
図20 断面観察した位置


図20の番号は切断した場所を示す

産卵管の断面観察
図21 産卵管の断面観察


図20で示した場所の断面像を図21に示す。ヘラ部と針部の区別が分かりにくいので、像の上からなぞり色を付けた。結果を図22に示す。

図21の産卵管断面の構造図
図22 図21の産卵管断面の構造図


図22で緑と青が針の断面であり、柿色がヘラの断面である。黒で埋めた空洞は、おそらく針やヘラを動かす栄養液や神経が通っている管であろう。ここで注目すべきは、蝉(樹木に突き刺す蝉(アブラゼミ−産卵管))と同じように、針と支えヘラはガイドレール(赤色の矢)で繋がれ、各々が別々にスムーズに動かせ、攻撃ができるような構造になっている事である。しかし蝉の図29と比較すると、蝉では左右の針が一体となり、しかもその空洞が卵の導管になっている。さらに蝉では支えヘラが二つに分離していて、ガイドレールで接続していて、各々が独立に動かせる構造である。蝉は支え棒で土に穴を開けるので、支え棒の前後運動機能が重要なのであろう。
女王蜂の針の産卵管は、外見は働き蜂と同じであったが、内部構造につては観察できなかったが、産卵は土でなく巣にするので、支えヘラは前後運動の必要がないのであろう。
産卵の仕方や武器として使うかどうかによって、各々の産卵管の構造も種に適した進化をしたのであろう。見事である。



・脚の詳細

前、中、後脚について観察した。脚は長いので、全体は光学顕微鏡で観察した。

前足の光学顕微鏡像 中脚と後脚の光顕像
図23 前足の光学顕微鏡像 図24 中脚と後脚の光顕像


図23は前脚の、図24は中脚、後脚の光学顕微鏡像である。いずれも先端には開いた爪がある。その下の符節と脛節の接続部に特徴的な構造があることが分かった。前脚では、触角を掃除すると言われるクリーナーの角が認められ、中、後脚では、二本のV字型の爪が認められる。

まず、前脚を使い、先端部を観察する。凹凸の様子が見るために、ステレオ撮影をした。
図25aは交叉法で、図25bは平行法で観察できるように配置した。

前脚先のステレオ像(交叉法 前脚先のステレオ像(平行法)
図25a 前脚先のステレオ像(交叉法 図25b 前脚先のステレオ像(平行法)


足先の爪と爪間盤の様子は、アリ(お御足を拝見します(アリ))と同じようである。これは、両者ともハチ目の分類に属し、かなり近い仲間であることからも分かる。
図24の左下の枠内の写真は、ガラス瓶内で生きている時の足先の状態である。すなわち、接地面に対して爪は直角にし、爪間盤とで体重を支えている事が分かる。
爪間盤の接地面を観察するため、上に仰ぐように回転して観察した。
その結果を図26に示す。

前脚の先端部 少し仰ぐ
図26a 前脚の先端部 図26b 少し仰ぐ


爪に直角な方向から 爪を上にあげた方向から
図26c 爪に直角な方向から 図26d 爪を上にあげた方向から


図26a,b,c,dは、順次上に回転しながら撮影したもので、図26c、または図26dは接地面から見た足先に対応する。
爪間盤の接地面に接する部分を拡大する。

接地部 図27の拡大
図27 接地部 図28 図27の拡大


接地部拡大 接地部強拡大
図29 接地部拡大 図30 接地部強拡大


図27〜30は、接地面に接する場所を、順次拡大した像である。円錐で溝が入った特徴的な毛が生えている事が分かった。この毛によって、接地面の情報を得ているのであろう。
次に、中脚、後脚の附節部について観察した。

中脚の附節 後足の附節
図31 中脚の附節 図32 後足の附節


いずれも前脚とほぼ同じような形状であった。

図23の拡大像で、触角を掃除するという前脚クリーナーの形状が特徴的であった。この隙間に触角を挟んで掃除をするのであろう。初めて見る器官で、この詳細を調べることにした。
図33〜36は順次拡大した結果である。クリーナーがはっきり見えるように、視界の邪魔になる部分は取り去った。

前脚のクリーナー クリーナー部
図33 前脚のクリーナー 図34 クリーナー部


クリーナーの櫛の歯 櫛の歯の拡大
図35 クリーナーの櫛の歯 図36 櫛の歯の拡大


図23の拡大像で、クリーナーの上部が、毛のようなもので覆われていたが、SEM観察の結果、クリーナーは櫛のようで、毛のように見えた部分は、櫛の歯で、見事に配列されている事が分かった。この櫛を使って、触角を掃除しているのだ。なんとうまくできているのだろう。
櫛の形状を確認するため、試料を90度回転して、櫛の背部を観察した。

クリーナーの背部 クリーナー背部拡大
図37 クリーナーの背部 図38 クリーナー背部拡大


図37,38は櫛の背部で、うろこ状の組織で、側面にはそれが長くなって、毛になっている。
さらに180度回転して、歯の先端側から観察した。

クリーナー歯側から 歯部の正面から
図39 クリーナー歯側から 図40 歯部の正面から


歯部正面拡大 歯の拡大
図41 歯部正面拡大 図42 歯の拡大


クリーナーは歯の方向に薄く、歯の先端は平板になっている事が分かった。

次に、クリーニングする触角の形状を観察した。その結果を図43〜52に示す。

触角全体像 触角先端部
図43 触角全体像 図44 触角先端部


触覚先端部拡大 触覚先端部強拡大
図45 触覚先端部拡大 図46 触覚先端部強拡大


触覚2節目 図47の拡大
図47 触覚2節目 図48 図47の拡大


図48の拡大 和図49の拡大
図49 図48の拡大 図50 図49の拡大


触角は、相手の形状や、雰囲気の匂いなど、多くの情報を得る器官である。図50で見るような、いろいろな突起や窪みから、その情報を得ているのであろう。図50に10μmくらいの塵があるが、このような塵を、クリーナーの櫛の歯で取り去るのであろう。

触覚根元 触覚根元拡大
図51 触覚根元 図52 触覚根元拡大


図51,52は触角の根元部を観察した結果である。触角はロボットのように、はめ込み式の構造となっていて、自由に動かすことができる。



・口吻の舌の詳細

コアシナガバチは肉食で芋虫や毛虫を食べるようである。そのため、大顎が発達している。前面から頭部を見たのが、図53である。触角は取り去っている。餌を噛み切る大顎が見える。この試料をSEM観察したのが図54である。図53を180°回転して撮影している。

頭部の光学顕微鏡像 大顎
図53 頭部の光学顕微鏡像 図54 大顎


図54で観察できる大顎をピンセットで剥ぎ取り、その下の舌を拡大しながら観察した。その結果を図55〜60に示す。

大顎を外す 大顎の中の舌
図55 大顎を外す 図56 大顎の中の舌


舌の全体 舌の右部
図57 舌の全体 図58 舌の右部


右部拡大 図59の拡大
図59 右部拡大 図60 図59の拡大


舌の表面を拡大すると、耳かきのような沢山の棒状の組織が覆っていた。獲物を体内に取り込む機能があるのであろうか。



以上、コアシナガバチの働き蜂の各器官の詳細を調べた。何億年もの間、いろいろな自然の変化を乗り越え進化を続けてきただけあって、各器官は見事であることが分かった。人間のように道具を使えない昆虫は、自分の体を変化させながら、機能を充実してきたのだ。











                               −完−









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