■お御足を拝見します(アリ)

「お御足を拝見します」シリーズで、ガラス瓶を簡単に登れる昆虫の足裏を観察してきたが、今回はアリです。昨年秋、庭にいた3mmほどのアリをガラス瓶に入れたら、簡単に上に登った。足にどんな仕組みがと、電子顕微鏡でちょっと観察してみた。しかし、テントウムシや、ショウリョウバッタのような吸盤は認められず、剛毛が生えた足の先にハの字をした爪があるだけであった。洗浄した蜂蜜用のガラス瓶であるので、表面の汚れがわずか残っていたため、小さなアリは爪を使って引っ掛けながら上に登れるのではないかと考え、観察を中断した。しかしその後、10mmほどの大きなアリが見つかり、それをガラス瓶に入れたら、平気で垂直の壁を登り降りするのにびっくりした。その様子を動画で撮影した。



図1 ガラス瓶の側面を自由に歩き回るアリ(動画)


いずれも体長は10mm程度である。このように大アリでも簡単に登れるのは、ガラス瓶のわずかな汚れだけでは説明できないと考えた。図2は瓶の側面を下に降りてくる大アリのデジタルカメラ写真であり、図3はその拡大写真である。

ガラス瓶側面を降りる大アリ 大アリの拡大写真
図3 ガラス瓶側面を降りる大アリ 図4 大アリの拡大写真


そこで、この大アリを使って足先を詳細に調べることにした。アリの種類は、学研の写真図鑑「アリ」から、クロオオアリと推定する。



大アリの足先

まず、ガラス瓶内を歩く大アリを外側から撮影した写真から、アリはガラス面にどのように着地しているかを観察した。

足先の着地状態 各足の光学顕微鏡像
図5 足先の着地状態 図6 各足の光学顕微鏡像


図5は、瓶の外側から撮影した大アリの足先部を拡大した写真である。これらの写真から、アリは爪部をガラス面に着地して歩いているように見えた。そこで、大アリの前足、中足、後足を切り取り、爪部を着地の方向から詳細に観察できるように図6のように試料を固定した。

後足のSEM像 前脚のSEM像 中足のSEM像
図7a 後足のSEM像 図7b 前脚のSEM像 図7c 中足のSEM像


図7a,7b,7cはそれぞれ、後足、前足、中足の足先端部の低倍SEM像である。いずれの足も剛毛が生えたコーン状組織が重なっている符節があり、その先端にハの字の形をした爪がある事が分かった。各足の形は、全体として後足の符節が長いことと、爪から三番目の節を比べると前足の節が短いくらいで、あまり大きな差は認められなかった。
さらに拡大して爪部を観察した。

後足爪部 前足爪部
図8 後足爪部 図9 前足爪部


図8,9,10は、それぞれ後足、前足、中足の爪部である。いずれもほぼ着地面側から見た像である。爪の形の差は認められなかった。新しく分かったことは、角のように広がった爪の中間に、60ミクロン角程度の組織がある事である。図鑑を調べたが、この組織についての説明は見出せなかった。図5から、アリはこの爪を広げたようにしてガラスに付着していると推測される。したがってこの60ミクロン角程度の組織が何らかの形で、付着の機能を持っているのではないかと考え、この組織の形状を詳細に調べることにした。ここでは便宜上、「爪間組織」と呼ぶことにする。

中足爪部 中足爪間組織部
図10 中足爪部 図11 中足爪間組織部


図10は爪間組織をちょうど着地面側から観察した写真である。それを拡大したのが、図11、12である。観察のため乾燥させた組織であるので、形状の変化も考慮すべきであるが、爪間組織の表面は比較的滑らかで、左右が大きく窪んでいる。また表面上部には細かい皺がある。

中足爪間組織部拡大A 中足爪間組織部拡大B
図12a 中足爪間組織部拡大A 図12b 中足爪間組織部拡大B




爪間組織の形状観察

爪間組織の形状がかなり複雑なようなので、試料を回転しながら観察してみた。図13から図15は、爪部を符節のほうに傾けながら爪間組織を観察した結果である。

爪間組織を正面(0度)より観察 13aの拡大像
図13a 爪間組織を正面(0度)より観察 図13b 13aの拡大像


約45度傾斜 14aの拡大像
図14a 約45度傾斜 図14b 14aの拡大像


約90度傾斜 15aの拡大像
図15a 約90度傾斜 図15b 15aの拡大像


ここで分かったことは、爪間組織の側面に大きな空洞があることである。ちょうど口を開けたような形状をしている。この空洞は、吸着盤の働きをするようにも見える。しかしこの方向では、アリは爪を寝かせて歩くことになるので、図5の観察結果を説明できない。

次に、爪部を足の符節を軸にして回転して観察した。

約135度回転 16aの拡大像
図16a 約135度回転 図16a 16aの拡大像


約180度回転 17aの拡大像
図17b 約180度回転 図17b 17aの拡大像


反対側の側面は剛毛が生えていて、硬そうであるる。



アリの足の付着面

アリがガラス瓶を容易に登れる理由を知るため、足先を調べてきたが、確信できるような構造は見出せなかった。しかし、着地部の推定から、次のような考察をした。
アリは、平坦な面を歩くときは、爪を広げ、その間にある爪間組織を面に付着させる。そのようすを図18に示す。

アリの足がガラス面に付着するようす
図18 アリの足がガラス面に付着するようす


図の青網は付着するガラス面を模式的に描いたものである。おそらく、爪を開いたときに見える爪間組織の面(図11,13)をガラス面に押し付けるのであろう。この面はゴム板のようになっているので、ゴム手袋でつまむようにガラス面をとらえるのではないかと推定した。図18の手前の口を開いたような空洞は、面を押し付け、つまむときに、機能する組織ではないかと思う。手前の空洞は吸着盤のような機能を持っているだろうが、この面をガラス面に当てるには、爪を寝かせる必要がある。今回の観察では、爪は寝かせず、立てて歩いていたのでこのような結論を出した。もう少し歩く様子を詳細に観察することも後日したい。



小アリの足先

夏に見過ごした小アリについても、足先を詳細に観察した。

小アリの写真 小アリの足
図19 小アリの写真 図20 小アリの足


図19は小アリのデジタルカメラの写真である。体長は約3mmであった。学名は判定できなかった。小アリでは、足を一本一本切り取る作業は大変難しい。しかしこの大きさだと、図20で示すように、25倍で全身が観察できる。死ぬと足先を腹側に向けるので、着地方向から観察するには試料を付け替えながら試みる必要があった。

観察の結果、小アリのどの足にも、大アリと同じように爪や爪間組織がある事が分かった。しかし、寸法的には大アリの3分の1程度で、体長にほぼ比例していた。

中足爪部 中足爪部を着地側から
図21 中足爪部 図22 中足爪部を着地側から


図21は中足の爪部像である。大アリと同じような爪間組織があり、空洞面も見える。試料を傾斜して爪を真正面から見たのが図22,23,24である。大アリと同じように、付着面があり、吸盤の機能も持っているようにも見える。

爪間組織 爪間組織拡大像
図23 爪間組織 図24 爪間組織拡大像


・アリはどうしてガラス面を登れるかの考察

アリがどうしてガラス瓶を簡単に登れるかを知るため、アリの足先を調べてきた。アリには、テントウムシ、ショウリョウバッタ、ハエトリグモのように、確実に着地していると考えられる足裏面はなかった。探した結果、爪の間にある組織が着地するのであろうと推定した。この組織には、ゴム板のような面があり、それに力を与えられる構造(空洞)にもなっている事が分かった。このゴム板のような面が、着地面をつかみ、付着できるのであろうと推測した。学問的に分かっているのか、これからも調べていきたい。

日常何気なく見ているものでも、なぜかと思うと、意外と分からない事が多い。これからも、身近な不思議を、小型SEMを用いて解き明かしていきたい。



                                         −完−





タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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