■恐れられる蜂(コアシナガバチ1−女王蜂)

5月の連休、久しぶりに愛用の原付バイクに乗ろうとしたら、泥除けカバーの内側に蜂が巣を作っているのに気が付いた。一匹が巣を抱きかかえるようにして周り、巣作りをしているようであった。巣には8個の六角形の部屋があり、その中には白い卵が見えた。これが越冬した女王蜂で貴重な試料だと思い、早速ガラス瓶に捕獲した。

バイクの泥除けに巣を作った蜂 瓶に捕獲
図1 バイクの泥除けに巣を作った蜂 図2 瓶に捕獲


図1はバイクの泥除けに巣を作っているときの写真である。どうして、こんなところに巣を作ったのか不思議である。図2はガラス瓶に捕獲した女王蜂と巣である。瓶の中でも、巣の周りを何度もまわり、事態の変化に戸惑っているようであった。

背中の模様からコアシナガバチ ガラス瓶を平気で登る
図3 背中の模様からコアシナガバチ 図4 ガラス瓶を平気で登る


図3は蜂の背中から撮影した写真であり、図4はガラス瓶を登っている蜂で、腹部やガラスに張り付いている足の様子が分かる。図鑑とインターネットで背中の模様から調べた結果、この蜂は、コアシナガバチであることが分かった。体長は約17mmで、それほど大きくない。コアシナガバチの巣は、大きくなると反り返ると書いてあったが、確かに6月になって屋上で採取した蜂の巣は反り返っていた。

わずかに見える産卵管 産卵管を突き出す
図5 わずかに見える産卵管 図6 産卵管を突き出す


瓶中で巣を抱きかかえている蜂の尾部をよく見ると、針のようなものが出ていることが分かった。さらに、フラッシュを発光して撮影をしているとき、瞬間的に尾部から長い針が出た。これが産卵管なのだと分かった。窮地に立ち、威嚇のために産卵管を武器として突き出したのであろう。蜂に刺されるのは、実はこの産卵管を攻撃のため、このように突き出して刺されるのである。せっかく越冬した女王蜂と分かっているのを捕獲したので、その産卵管を詳しく観察することにした。



・女王蜂の産卵管

産卵管の光学顕微鏡像 図7に対応するSEM像 産卵管の拡大
図7 産卵管の光学顕微鏡像 図8 図7に対応するSEM像 図9 産卵管の拡大


図7は、図5でわずかに出ていた産卵管をよく見るために、尾部の先端の節をピンセットで剥ぎ取った状態の光学顕微鏡写真である。中央の針の両側に鞘がある構造であることが分かった。これは前回、蝉の殻(樹木に突き刺す蝉(抜け殻−産卵管と気門))で観た構造によく似ている。図7の視野をSEMで観察したのが図8である。それをさらに拡大した写真を、図9、10に示す。針はとくに構造もなく、両側の鞘には毛が生えている。この視野は、蜂の背側から観察したものである。次にこの試料を180°回転し、腹側から拡大して観察した。その結果を図11〜15に示す。

図9の拡大 図8の裏面側 図11の拡大
図10 図9の拡大 図11 図8の裏面側 図12 図11の拡大


産卵管拡大 先端部拡大 先端部強拡大
図13 産卵管拡大 図14 先端部拡大 図15 先端部強拡大


図13、14で分かるように、腹側には幅広いヘラのようなものに、一対のノコギリのような刃をもった針があることが分かった。卵を巣の中に産むだけなら、このような凶器はいらないが、やはり巣などを襲う敵と戦う武器の役目もしているのであろう。卵はこの三本の針の中央から産み落とされるのであろう。

試料を傾斜して、針を真後ろからも観察した。

産卵管を真後ろから 図16の拡大
図16 産卵管を真後ろから 図17 図16の拡大


図16、17は、産卵管を真後ろから観察した結果で、両側の鞘が針を包んでいることが分かる。
図6の観察から、産卵管は鞘から針だけが突出できる構造で、産卵や攻撃の時には、かなり先まで突き出ることが分かった。



・女王蜂の複眼

生き物をSEMで観察するには、どうしても餓死させる。どんな生物でも、一生懸命生きているのであるから、かわいそうで、申し訳ない。そこで、捕獲したら、その生物の体の隅々まで見せてもらい、紹介することで許してもらうようにしている。今回も、この機会に、産卵管の他に、複眼を見せてもらった。

偽瞳孔の光学顕微鏡像 複眼の光学顕微鏡像
図18 偽瞳孔の光学顕微鏡像 図19 複眼の光学顕微鏡像


図18は生きているときの複眼を少し異なる角度から撮影した二枚の写真である。蝶の場合(蝶の秘密(スジグロシロチョウ−偽瞳孔))は、偽瞳孔ほぼ六角形の斑点であったが、蜂は複雑な斑点になっていることが分かった。図19は乾燥させた女王蜂の頭部を横から見た写真である。複眼をよく見るために、手前の触覚は取り去ってある。蜂の複眼は、蝶のように半球型ではなく、ひょうたん型で複雑な曲面でできていることが分かった。このことが、偽瞳孔が非常に複雑な斑点になっている原因と考えられる。図19で示すように、乾燥させると複眼は透き通って見える。次にSEMで拡大して観察した。

光学顕微鏡像に対応するSEM像 複眼拡大
図20 光学顕微鏡像に対応するSEM像 図21 複眼拡大


図20は図19の光学顕微鏡写真に対応するSEM像である。ひょうたん型の下部の楕円球型の視野のほぼ中心を順次拡大して撮影した。その結果を、図21〜28に示す。

図21の拡大 図22の拡大
図22 図21の拡大 図23 図22の拡大


図23の拡大 図24の拡大
図24 図23の拡大 図25 図24の拡大


複眼全体が半球型である蝶では、各々の個眼は殆ど六角形であったが、蜂では四角に近いものもあることが分かった。

図23の解析 図25の拡大
図26 図23の解析 図27 図25の拡大


図26は図23の個眼の形を見やすくために写真のコントラストを反転した写真である。Aの場所では個眼はほぼ四角形であり、Bでは5角形、Cでは6角形である。よく見ると、各A,B,C形帯が右上から左下に分布していることが分かった。複雑な楕円球形に近い曲面は、このようにいろいろな多角形を組み合わせないと形成できないのであろう。神様は、良く考えて作られた。
さらに拡大して表面の凹凸を調べた。

図27の拡大 図28の強拡大
図28 図27の拡大 図29 図28の強拡大


図28は個眼の境界部を中心を拡大した像で、個眼表面は平たんで、境界は少し凹み、ちょうどタイル張りの壁のようになっていることが分かった。図29はさらに強拡大した像で、表面全体に、直径約250nm位の粒状の凹凸があることが分かった。250nm周期は、可視光の波長より狭いので、紫外線を受光するためか、接触角を大きくして、雨粒などが付着しないような構造になっているのであろう。



この機会に、頭の上にある単眼も観察した。

頭上部の単眼光顕像 単眼のSEM像 図31の拡大
図30 頭上部の単眼光顕像 図31 単眼のSEM像 図32 図31の拡大


図30は光学顕微鏡で頭上部の単眼を観察した写真である。単眼は3個が三角形の位置にある。
そのSEM像を図31、32に示す。単眼の形は、深皿を伏せたような形で、半球型ほど隆起していない。
またその表面は平で、複眼のような微細構造は認められなかった。蜂では、複眼が上部にも張り出しているのに、単眼はどうして必要なのだろうか。感度がずば抜けて良いのであろうか。



・女王蜂の翅

女王蜂の尾部、頭部を分解して観察したので、残りの翅も観察することにした。

前翅と後翅 翅の拡大
図33 前翅と後翅 図34 翅の拡大


図33は切り取った女王蜂の翅である。上部が前翅で下部が後翅である。長さは、前翅が約11mm、後翅が約8mmで、後翅のほうが短い。拡大した図34から分かることは、前翅は折り返して重なっていることである。ガラス瓶の中の蜂を観察したときも、重なっていた。飛ぶときに広げ、歩いているときは、畳んでいるのであろうか。後翅の前方に、ギザギザ構造が認められ、それをさらに拡大すると(図35)、参考書で読んだフックであることが分かった。飛ぶときには、このフックを前翅の後部にひっかけ、前後の翅を連結して動かすようである。

後翅の拡大 後翅のSEM像
図35 後翅の拡大 図36 後翅のSEM像


フックの構造を詳細に知りたいと、この視野のSEM観察をした。図36は図35の光学顕微鏡像に対応するSEM像である。フックは16本ある。さらに拡大してくと。

翅元側のフック 図37拡大
図37 翅元側のフック 図38 図37拡大


図37は左側(翅元側)のフック列を拡大した像で、図38、39、40は左端のフックを順次拡大した結果である。確かにフックの形をしている。図40は、恐竜にも見える。

図38の拡大 図38の拡大
図39 図38の拡大 図40 図38の拡大


翅先部側のフック 端部のフック拡大
図41 翅先部側のフック 図42 端部のフック拡大


図41は右側(翅先側)のフック列を、図42は右端のフックの拡大である。右端では、フックは剣のようになっていて、ひっかける機能は弱くなっている。このフックが前翅の後部をひっかけ、前後の翅が連結して飛ぶのである。なぜこのような仕組みになっているのであろうか。後翅の機能が劣化し、羽ばたくときは前翅が動き、飛行状態では浮力を稼ぐために後翅も連結して使うのであろか。

フックの様子を立体的に見れるように、15度傾斜した像も撮影し、ステレオペアーを作った。
図43は交叉法で、図44は平行法用に像を並べた。

フックのステレオ像(交叉法)
図43 フックのステレオ像(交叉法)


フックのステレオ像(平行法)
図44 フックのステレオ像(平行法)


後翅が実際に前翅を捉えて飛んでいる状態を是非見たいものだ。これは今後の課題としたい。



参考書によると、前年に交尾して腹の中に精子を蓄えた女王蜂は、枝の隙間などで越冬し、春になると自分一人で巣をつくり、そこに卵を産み付け、雌の働き蜂を育てる。こうして蜂の家族ができ、働き蜂の働きで、巣も大きくなり、働き蜂も増える。秋になると無精卵から雄が、受精卵から女王蜂が生まれ、交尾をする。雄はその後巣を追われ死んでいく。雄は交尾だけに生まれて、働きもしないで死んでいくのである。今まで働いて家族を養ってきた私としては、何とも理解し難い蜂の世界である。









                               −完−









タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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