■ 蝶の秘密(スジグロシロチョウ−偽瞳孔)

蝶の口吻の観察のため採集したスジグロシロチョウを醤油差しのアクリル瓶に入れると、最初は羽ばたいて飛び出そうとするが、やがてあきらめて、どうして出してくれないかと、悲しそうな目で私を見つめた。その複眼を見ると、黒い六角形の黒い斑点が、いつも私の方を追っている。これはカマキリのような偽瞳孔なのだろうか。



蝶の偽瞳孔の正体

蝶とカマキリの偽瞳孔の比較
図1 蝶とカマキリの偽瞳孔の比較


蝶を見る方向を変えても偽瞳孔はこちらを向いていた。その様子をアニメーションで示す。



図2 蝶の偽瞳孔像のアニメーション(動画)


カマキリの偽瞳孔の正体については、いろいろなところで説明されている。すなわち、複眼を構成する個眼は、角膜の下に円筒状の受光容細胞が放射状に配置され、その底面が光を吸収するため黒く見える。正面の筒は底面が見えるため、角度を変えて複眼を見ても、正面になる受光容細胞の底面が黒く見えるから、見る目を追っているように見えると説明されている。
しかし、図1で示すようなスジグロシロチョウで観察できる六角形の偽瞳孔については、調査した範囲内ではその出現も説明も報告されていない。今回は、その詳細な観察と解釈を試みることにした。
まず、複眼を拡大して観察した。

片側の複眼 複眼のSEM像
図3 片側の複眼 図4 複眼のSEM像


図3は光学顕微鏡で拡大して観察した複眼の像である。複眼には周期的な多くの偽瞳孔と思われる黒い斑点が見える。複眼を電子顕微鏡(SEM)で観察したのが図4である。赤い点線は外形に沿って描いた円であり、青線はその直径である。この結果、複眼はほぼ半球状であることが分かった。偽瞳孔部をさらに拡大すると、

拡大した偽瞳孔 個眼と偽瞳孔の関係
図5 拡大した偽瞳孔 図6 個眼と偽瞳孔の関係


図5で、蜂の巣(ハニカム)のように並んだ個々の個眼が偽瞳孔の場所で黒く見えていることが分かる。偽瞳孔がある場所の六角形に並んだ個眼の外形をなぞったのが図6である。黄色は中心の偽瞳孔上であり、赤色は周りの六角形に見える偽瞳孔上の個眼群を示す。
前回のSEMによる複眼の観察結果や図5などの光学顕微鏡観察の結果から、複眼の角膜はハニカムレンズでできていると考えられる。実際にハニカムレンズでどのように物が見えるのか実験したくなった。



ハニカムレンズによる実験

ハニカムレンズが入手できないかとインターネットで探したところ、小型の実験用ソーラーパネルの太陽電池表面にハニカムレンズが付けられている商品を見つけた。早速購入して、申し訳ないが表面のハニカムレンズを取り外した。蝶の複眼と購入したハニカムレンズを比較すると、

複眼のSEM像 実験に用いたハニカムレンズ
図7 複眼のSEM像 図8 実験に用いたハニカムレンズ


図7は前回観察した蝶の複眼のSEM像である。図8は購入したハニカムレンズである。 非常によく似ているのが分かる。大きさは、六角形の平行線の間隔が、複眼では約20μmであるのに対し、ハニカムレンズでは5mmであり、約250倍である。
このハニカムレンズを通していろいろな物を観察していたら、一個のハニカムレンズ全面が同じ色に見える現象を見つけた。その条件を調べた結果、ハニカムレンズの焦点の近傍の物は、レンズいっぱいに拡大して見えることが分かった。そこで、ほぼ焦点距離(約13mm)の距離を離して、個眼の受光容細胞にあると言われている黒点を見ると、一つのレンズ全体が黒くなった。すなわち光学でレンズの焦点近傍に置いた像は無限大に見えることに対応する。
ハニカムレンズを用いて次のような実験セットを使った。

実験セット 真上から観察
図9 実験セット 図10 真上から観察


図9で左が購入したハニカムレンズ、右側は固定する台である。ハニカムレンズの中央に赤点の目印を付けた。台の両側の高さは焦点距離の約13mmにし、台の底面に黒点(約2mm)を付けた。これは受光容細胞の底の光吸収点に対応する。
図10は図9の左右の板を重ね合わせたものである。真上から見たときに、ハニカムレンズの赤点と台の底の黒点が重なるように左右をテープでとめた。

真上からの観察 上方に約7℃傾ける
図11 真上からの観察 図12 上方に約7℃傾ける


図11は真上から観察して拡大した写真である。ハニカムレンズの中央に記した赤字の点があるハニカムレンズ全体には、下部の焦点距離近くの黒点の像が拡大されて重なって見える。これが中央の偽瞳孔(図6黄色部)が見える成因だと考えた。
複眼は球状になっていて、回りに見えた偽瞳孔は、球の斜面に見えた。この状態を実験セットで実現するためには、目の位置を保ったまま、セットを傾斜してみたらどうかと思った。曲面の複眼の傾斜面の見え方を、セットの左右の軸を固定して、上方に回転して傾けて調べた。図12は約7度、図13は約15度、図14は約22度、図15は約30度上方に回転した結果である。

約15度上方に回転傾斜 約22度上方に回転傾斜
図13 約15度上方に回転傾斜 図14 約22度上方に回転傾斜


約30度回転傾斜 斜め左上方に回転傾斜
図15 約30度回転傾斜 図16 斜め左上方に回転傾斜


約15度、30度の傾斜で、真正面からの観察(0度)と同じように各々のハニカムレンズが黒く見えた。15度では、中心の赤印の下のレンズが、30度では、さらに下の二番目のレンズが黒く見えた。このことは、一番目、二番目のレンズで0番目の真下の黒点が拡大して見えたことになる。



六角の偽瞳孔が見える理由の考察

図11から図15までの結果を図解すると、図17のようになる。

複眼に多数の偽瞳孔が見える説明1 複眼に多数の偽瞳孔が見える理由2
図17 複眼に多数の偽瞳孔が見える説明1 図18 複眼に多数の偽瞳孔が見える理由2



個眼を真正面から見ると、A0、B0のように個々の個眼の焦点の位置にある受光容細胞の黒い点を拡大して見える。しかし、視野AからA1,A2,A3の連なる複眼を見た場合、図11から図15の結果からわかるように、ある角度の個眼(A2)では、レンズの屈折作用により、A0の黒点が大きく見えたことになる。
この結果を、複眼と同じ六角の二次元マトリックスに記入したものが図18である。図13、図15で見えた黒く染まったレンズは、a1軸の@、Aにそれぞれ対応する。同様の考え方をすれば、a2軸、a3軸にも同様に黒く染まるレンズがあるはずである。さらに、図16に示すように、実験セットを斜め左上方に傾斜させると黒く見えるレンズがある。これは図18のb軸上の青で示す六角形のレンズに対応し、黒く見えることが分かる。これらの解析結果を図18左上に示す実際の複眼の偽瞳孔と比較すると、側面が球から少し歪んでいることを考慮すれば、良く一致する。実際の複眼の生物学的な組織を良く理解していないので確言はできないが、図17で、もしA0の受光容細胞を、A2のレンズからも見通せる構造であれば、この説は十分理にかなっていると思う。実験セットは、視角にたいして大きいので一個のレンズしか黒くならないが、複眼のように、細かいレンズから構成されていれば、一個ではなく周辺の数個のレンズが同じような条件に近くなり、それぞれの焦点近傍の黒点が大きく見えることが予想できる。
かなり突っ込んだ考察をしたが、真実はどうであろうか。もし専門家のコメントが頂けたら嬉しい。





                               −完−









タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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