■ コバエにもこんな巧みな機能が(ノミバエ-複眼、翅、足)
昨年の夏は猛暑で堪えた。ちょっと油断をすると、生ものにハエが集った。7月末、燃えるごみを収納するボックスの上に小さな虫がいるのに気が付いた。よく見ると、小さなハエのような虫であった。いわゆるコバエのようであった。早速小瓶に捕獲して保管しておいた。 前回のミツバチの報告が終わった後、次は何にしようかと、試料棚の瓶を調べた。私は、小さな虫や植物を見つけると、つい採取して、100円ショップで購入したゴマの瓶や賞味した佃煮などの小瓶に入れて自室に保管している。乾燥させているから腐食はしないが、これらの試料と同居しているのである。 コバエについてはほとんど知らなかった。実体顕微鏡で見たが、それほど特徴のある虫ではなさそうだった。捨てる前にSEMで一応見ておこうと観察したところ、こんなコバエにも、生きていくための巧みな機能があることが分かり、今回、詳細に観察して紹介することにした。
図1はコバエを側面から、図2は頭部を正面からと下から口吻部を撮影した写真である。 体長は翅の先まで約2.3mmと小さい。また脚は体調以上に長いのが特徴である。 コバエの代表的な科には、遺伝で有名なショウジョウバエがあるが、それは目が黄色い。しかし今回のコバエの眼は黒く背が曲がっている。インターネットでいろいろ検索した結果、ノミバエでないかと判断した。 ・背部 まず、全体と背部を観察した。その結果を図3~8に示す。
コバエの背表面は長さ約45μmの剛毛で覆われていて、さらに約6μmの微毛が前面を覆っている。生ごみの中に餌を求めて入り込むために、このような鎧のような表面を持っているのであろうか。 ・口器部 次に口器部を正面から観察した。その結果を図9~11に示す。
図9は頭部を正面から撮影した写真で、中央に口器が、両側に複眼が見える。図10は口器の拡大で、複雑な構造をしている。図11でハの字に見えるのが触覚部で、そこから何本かの針状の触角棘毛が伸びている。これで空気の動きや臭気を主に検知する。中央の三角形の構造が、口吻である。残念ながら、口吻は閉まった状態なので、内部が観察できない。今年の夏のコバエで観察したい。図12は図4の背部の上方にある単眼を観察したものであり、三角形状に三つの単眼を持っている。 ・複眼 図9で観察した複眼を順次拡大して撮影した結果を図13~16に示す。
コバエの複眼には、全面の個眼境界に毛が生えている事が分かった。これは塵の隙間に侵入するときに、複眼を保護するためであろう。個眼は半球状で、球面の上に整然と並べられている。図16の拡大像からは、個眼の表面に周期約0.2μmの縞状の構造があることが分かった。実に規則的で綺麗な複眼だ。 ・脚
コバエの腹を上にして試料を固定し、脚部を観察した。図17は片側の三本の脚である。交差の関係で、奥から中脚、前脚、後脚の順である。図18~22は図17の中央に見える前脚先端部を順次拡大して観察した結果である。
脚表面は、背部と同じように剛毛で覆われている。図20で分かるように、足先では、広がった爪の間の爪間盤が非常に特徴のある形状をしていたので、拡大して観察した。前に見たアリ(お御足を拝見します(アリ))、コアシナガバチ(恐れられる蜂(コアシナガバチ3-各器官))などの爪間盤は、かなり堅そうな塊の組織であった。しかしコバエでは、エノキタケが生えているように、柔らかそうな50~60本の毛のみで構成されている。その毛は、先端の少し曲がった茶杓のような形状をしている。
図23,24は中脚の脛節(けいせつ)と跗節(ふせつ)を中心に観察した像で、図24ではその中間にある針状の爪(脛節刺)に注目した。この脛節刺は掃除以外にどのような役目をするのであろうか。
図25は後脚の腑節部であり、図26は拡大像である。図27は腑節に繋がる脛節部の写真である。いずれの部位にも剛毛が覆っていて、硬く頑丈であるようである。中、後脚の足先の形態は前脚と同じようであった。 このような脚で接地している状態を実感したくて、像を回転して接地状態の向きにした。 その結果を図28,29に示す。
コバエはこのようなエノキダケのような脚組織で、餌や容器の上に軟着陸しているのであろう。柔らかい足裏で着地面を捉えるため、どのような物の上でも、軽く着地できるのであろう。また垂直なガラス板にも止まれることから、ハエトリグモ(お御足を拝見します(ハエトリグモ))で学んだファンデアワールス力も働いているのであろうか。 複雑な足先の三次元的をより理解しやすいように、試料を5度ずつ回転してコマ撮りした画像を、アニメにした。結果を図30に示す。(画像をクリックするとアニメが始まる。)
・翅 翅も複雑で美しい。図31は、図3で観察した翅の両側に認められた剛毛列である。順次拡大していったのが図32~34である。図34からは、図11で観察した触角棘毛と同じような剛毛である事が分かった。体の両側にあることから、狭いところに侵入するときの触覚の働きをするのであろう。
次に翅の面を観察した。まず体に接する面(下面)を拡大して観察した。その結果を図35~42に示す。
図35、36で黒い帯状の組織は、翅膜を支える翅脈である。翅脈部をさらに拡大した像を図39に示す。 翅面全体に約5μm長さの毛が約8μm間隔で生えている。さらに拡大すると図40~42のように、全面に丸い粒々が規則正しく並んでいる事が分かった。粒々は図39に示す翅脈の上にもあった。粒の直径は約150nmでその間隔は約200nmである。図40~42の写真の中央部が黒くなっている。これは撮影時の損傷に見えるが、図36,37でもわかるように、表面全体に毛と同じような周期で存在している。何かの組織の影響で、わずかに窪んでいると考えられる。 次に、反対の上面の表面も観察した。その結果を図43~46に示す。
この結果、上面も下面と同じように毛が生え、丸い粒々もある事が分かった。 翅の厚さと、丸い粒々の形状を調べるため、翅の断面を観察した。先から3分の1くらいの場所を両刃カミソリで切り取った。その断面を観察した結果を示す。
図47は低倍像で、右側に黒い楕円形に見えるのは、翅脈の断面部である。さらに拡大した図48,49では両面に毛が見える翅の断面が見える。図50は図47で見た翅脈断面の拡大である。翅脈の厚さは約2.5μmで幅は約6μmである。図49部をさらに拡大したのが図51~53である。
図53では、翅膜の両面が規則正しく凹凸になっていて、山部の厚さは約600nm、谷部の厚さは約360nmである事が分かった。この断面像に、前に観察した平面の拡大像図42を張り付けたのが図54である。比較をすると、平面で観察した丸い粒々と、断面で観察した凹凸の周期が一致している事が分かった。この結果から翅の断面の説明図を描き図54の右側に張り付けた。粒々の大きさは約150nmでその周期は約200nm、粒々の高さは約120nmである事が分かった。 コバエの翅の厚さが、こんなに薄く、しかも一面に粒々構造ができている事に驚いた。粒々の配列周期は光の波長に比べて短いことから、干渉などはない。ではどんな役目をするのであろうか。おそらく、水をはじく、疎水性を持たせているのだろう。薄い翅が水分のある場所に侵入する際に、疎水性の翅は非常に有効になる。 翅を観察しているときに、翅の根元部に突起がある事が分かった。ハエやカには平均こんがあると言われているが、コバエにもこのようにある事が分かった。平均こんは、後翅が退化したもので、旋回などの時平衡を保つ働きをしているようである。図55は翅の付け根部、図56は平均こんの拡大像である。
今回、害虫として、見向きもしなかったコバエに、巧みで美しい機能がある事を観察した。コバエは、塵の中に入り込んで餌を探すために、巧みな機能を備えていのであろう。複眼には個眼が汚れないように前面に毛が生えている。また着地する足裏は、どんなところにも軟着陸できるように、細い毛でできている。翅は非常に薄く、約500nmであり、表面に小さな凹凸があり、水を弾く構造になっている。実に見事な機能を持っている。 -完- | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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