■樹木に突き刺す蝉(抜け殻−口吻と足)
蝉の観察をしていた8月の終わり、庭の菜園のトマトの葉に付いている蝉の抜け殻を見つけた。抜け殻なのに、垂れ下がっている葉にしっかりと付いているのが不思議であった。後日調べようと葉っぱごと採集しておいた。今回は前回まで調べた蝉の各器官と、羽化して残された抜け殻が(幼虫)どのような関係があるかを調べることにした。 まず、採集した蝉の抜け殻の全体像を示す。
図1の正面像から、蝉と同じ口吻があることがわかる。図2より前足はかなり強健であることがわかる。図4で示す触覚の拡大像では、第三節が第二節より長いことから、前回まで観察したアブラゼミの抜け殻であることが確認できた。 前回(樹木に突き刺す蝉(アブラゼミ−口吻1)、(2)、(3)、(4))蝉の口吻を調べたので、まず抜け殻の口吻を調べ比較した。 ・抜け殻の口吻
抜け殻を正面から見る(図5)と、蝉と同じような口吻が見えた。それをアップして撮影したのが図6である。
前回観た蝉の口吻と今回の抜け殻の口吻を比較した写真を図7に示す。長さは、蝉の約半分であるが、太さは同じくらいである。蝉の抜け殻の口吻を、光学顕微鏡で拡大して観た(図8)。表面には毛が生えていて、蝉の口吻と似ている。よく見ると先端部に何か尖った黒いものが認められた。その詳細をSEMで拡大して観察することにした。
先端部をSEMで拡大して観察して驚いた。先端部中央に、ドリルのような構造があった(図9〜12)。 幼虫は土の中で木の根から樹液を吸い取って生きているといわれているが、そのための構造であろう。
この試料は断面観察に用いたので、別の抜け殻の口吻を使って、ドリル構造の様子をさらに詳しく調べることにした。 別の口吻では、鞘の先端部にドリル構造は認められなかった。そこで、カミソリとピンセットで先端部の鞘を切り取ることを試みた。その結果を図13〜18に示す。
図13は、鞘先端にドリルが認められない口吻である。光学顕微鏡下で、先端から約0.5mmの部分にカミソリで切り目を入れ、ピンセットで鞘を剥がしたところ、図14のように鞘だけを剥ぎ取りことができた。中には蝉の口吻(樹木に突き刺す蝉(アブラゼミ−口吻1))と同じように、口針が認められた。その先端は図12で見たドリル構造をしていた。この試料では、ドリル構造が鞘内部に引っ込んだ状態であったことが分かった。先端のドリル構造をさらに拡大して観察した。
図16〜18はドリル構造を拡大して観察した結果である。これは蝉で観察した支え棒に対応する組織であり、先端部は5段の凹凸からなり、先端に行くほど細くとがっている。ドリル構造は、根などの組織に刺し込むのに適した形をしている。図17の視野から、試料を左に回転した結果、一対の支え棒の間に、舌構造と考えられる針状組織が見えた。先がドリル構造をした一対の支え棒を前後に動かしながら根の中に刺し込み、その間にある舌構造を出して樹液を吸うと考えられる。 次に口吻の長手方向の構造を調べるため、2試料の口吻を各場所で切り取り、断面観察をした。 各断面は安全カミソリで切断したが、口吻は空洞で、中に細い口針のみがある構造なので、切断が難しかった。
図19は図9〜12で観察した口吻試料(Xと呼ぶ)の外観と断面場所を示す。この試料では特に先端部の断面観察に注目した。その結果を図20に示す。
鞘の断面は、最初両側に空洞があり、やがて合流して一つの空洞になった。口針は、先端部ではほぼ中央に位置していたが、口吻の元に行くにしたがって上部(額表面側)に配置されていた。
図21は二番目の口吻試料(Yと呼ぶ)であり、ほぼ等間隔で切断した。 断面観察した結果を図22に示す。
口吻Xと同様に、ほとんどが空洞で、口針は鞘の上部に付いている。 以上2ケースの断面写真をなぞって、口吻の先端から根元までの断面形状の傾向をまとめた。結果を図23に示す。
先端では断面中央にあった口針(黄色で示す)は、すぐ鞘(青色で示す)上部に付いている。空洞は、二つの穴が段々円状になり、さらに楕円状に大きくなることが分かった。幼虫が羽化する前に、成虫の口吻は幼虫の体内でどのような状態で、どこにあるのであろうか。羽化は翅が伴う脱皮であるから、おそらく、幼虫の口吻の中に成虫用の口吻が収まっているのであろう。そう考えると、抜け殻の口吻の大きな空洞は、中に成虫用の口吻を収納するのに適している。 次に口針の断面構造を調べた。
図24はその例で、蝉の口吻と同じような構造で、一対の支え棒と、一対の舌部からできていることが分かった。舌部は、二本の樋状組織が噛み合わさっている構造である。噛み合わっている部分の拡大像を図25に示す。蝉と同じような唐草模様のはめ合い構造である。この筒を通して根から樹液を体内に取り込むのであろう。
図25は支え棒の断面で、中央に穴が見える。図26は支え棒の内面を観察したもので、周期的な細かい凸構造が見える。これも、舌組織との摩擦を少なくするための構造であろう。 次に、樹木に突き刺す蝉(アブラゼミ−口吻4)で観察した口針の額内での構造がどうかを調べた。 結果を図28〜35に示す。図28は額面部の拡大で、蝉とよく似ている。図29は額を剥がして内部を見た写真である。図29〜32は少しずつ剥ぎ取って撮った写真である。
図32とその拡大図33でわかるように、蝉と同じように、舌(小顎)構造と支え棒(大顎)の元は、分岐した2対の筋肉につながっていることが分かった。 内側の舌の分岐部を図34に示す。その分岐部をSEM観察した結果を図35に示す。
図25で示すはめ合い構造がファスナーのように剥がれているのが分かる。 以上の観察の結果、幼虫の口吻について次のことが分かった。幼虫は蝉と同じように口吻を持ち、筒状の鞘(下唇)とその中に口針が通っている構造である。幼虫は根に口吻先端をあてがい、中から口針を出して差し込み、樹液を吸う。口針は、中央に一対の樋状の舌(小顎)とその両側の支え棒(大顎)から構成されている。支え棒の先端はドリルのような構造で、前後に動かして根に侵入し、その間から環状の舌を出し、それをすり合わせながら樹液を体内に取り込むのであろう。 ・足で葉を掴む 蝉の抜け殻を採取したときの動機は、羽化するときに反り返って成虫が出てくるが、どうして幼虫が樹皮や葉から落ちないかという疑問であった。それを調べるため、幼虫の足が葉をどのように捉えているかを調べた。
図36は抜け殻がトマトの葉にしっかり掴まっている様子を示す。前足を拡大したのが図37である。 さらに左足を拡大したのが図38であり、右足を葉から外して撮影したのが図39である。
図38,39から、V字型の爪を葉に付き差し、確実に葉に掴まっていることがわかる。 他の例も示す。
図40は別の例で、その前足の拡大を図41に示す。前足で捉えた葉の穴が裂けているのが分かる。重みで葉が裂けたのであろう。穴は葉の葉脈で止まっているようである。
葉に掴まるようすをもっと拡大して観ると、足先の爪だけでなく、踵に近い爪も寄与していることが分かった。図42は前足の拡大である。よく見ると足先の爪だけでなく、踵部分に当たる場所の大きな爪も葉に接触させて、傷が付いていることがわかる。図43は後ろ足で掴まっている場所で、先の爪だけでなく、踵に対応する場所の鋭い爪も葉に刺し込んでいることがわかる。
図44,45は蝉の抜け殻の足と蝉の足を比較した写真である。いずれも左側が抜け殻の足である。前足では、蝉の抜け殻が太く、カマキリのように爪が何本もあるのが特徴である。これは、根を求めて土の中を掘り進むのに便利であろう。またこのように太いと、成虫になる足を格納できる。中足、後ろ足の大きさはいずれもほぼ同じ大きさである。ただ、抜け殻の足の踵に対応する場所に鋭い爪が何本かあるのが特徴である。
図46は抜け殻が葉に掴まっている状態である。これでどうして落ちないかを考察する。 図47は前足が葉(緑帯)を捉えている様子を示す。A点では、足先の爪を葉に深く入れ、B点では後ろの爪が支点になり、テコのように強固に固定している。図48は後ろ足が葉を捉えている様子で、C点で先端の爪が葉に食い込み、D点では踵の爪を逆方向から葉に深く入れて外れないようにしている。中足も同様な働きができるであろう。抜け殻が簡単に葉や樹皮から落ちないのは、このように爪をうまく使って強固に固定しているからではと考える。 −完− | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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