■樹木に突き刺す蝉(アブラゼミ−口吻1)
今年の夏も日照りが多く、セミの声が頻繁に聞けた。夏休みに遊びに来た小学1年生の孫が、セミの声が聞こえると、いつの間にか庭に下りて、手で捕まえてくるのには驚いた。帰るときに、おじいちゃんこれでセミの研究をしてよと、8匹も入った虫籠を残していった。セミは大きすぎて電子顕微鏡の被写体としては向かないな、と思いながら図鑑を見た。そこから、腹弁の大きさと位置によって雄と雌が見分けられることが分かった。セミと言えば、樹液を吸う長い口(口吻:こうふん)が特徴である。今回は、セミの口吻を観察することにした。
図1は観察したアブラゼミの外観写真であり、図2は腹部の拡大写真である。腹弁が小さく左右に広がっていることから、この蝉は雌であることが分かる。セミの腹部には、長い口吻が見える。この口吻を付け根の頭楯(とうじゅん)から切り離したのを図3に示す。口吻の長さは約12mmあった。
口吻の先端部を光学顕微鏡で拡大して撮影した写真を図4に示す。上の写真は口吻の腹側で、下は外側で図2と同じ方向からの写真である。外側から見ると、筋が入っているのが特徴である。 まずこの筋がある口吻外側の先端部を走査電子顕微鏡(SEM)で観察した。図4で分かるように、口吻の先端部には樹液と思われる透明な皮膜があった。口吻の構造を観察したいので、この皮膜を取ることにした。注射器でお湯を先端部に注ぎ、軽く面棒でこすったら、皮膜が取れた。口吻外側の先端部を拡大しながら観察した結果を図5〜12に示す。
セミの口吻は注射針のような細い管を想像していたが、意外にも断面がC形の構造で鞘のような構造になっていて、奥には針のような構造が認められた。前に観た蚊の口吻に良く似ていて、かなり複雑な構造をしているようである。図8の内部にある針先端部の拡大を示す。
C形の鞘構造の口吻先端には舌のような構造が認められた。その拡大を図10〜12に示す。
この舌状構造の表面には、我々の舌のようなぶつぶつの突起が認められる。樹液の味を調べる味覚器ではないだろうか。 舌状構造の裏面を観察するため、試料を180°回転して図4の上部で示す腹側から観察した。
舌状構造の裏面と両側は甲羅のような模様をしていて硬そうである。また舌状構造の両側には図16で示すようなハタキのような微毛構造があった。これも樹木の中の樹液を探る一種の感覚器であろう。 ・針が出ている口吻1 8匹のセミの中に、口吻先から針が出ているのがいた。これが樹木の中に突き刺す針ではないかと、詳細を調べることにした。針が出ているセミが一匹しかいなかったので、久しぶりに虫網を持って、近くの公園に採取に出かけた。それにしても、白髪の老人が一人、虫網と虫籠を持ってセミを追いかけている姿は滑稽であったろう。過日、玄関のドアーを開けると、タイル床の上に、なんと天命を全うしたセミが転がっていた。私でよければ、と言っているようだった。良く見たら、口吻から針が出ていたので、これも使うことにした。
図17,18は口吻先から、さらに細い針状組織が出ている蝉のデジタルカメラ写真である。図18は口吻先を拡大した光学顕微鏡である。図4と見比べると、口吻の先から約0.5mmの細い針状組織が出ているのが良く分かる。細い針先の先端に0.1mmくらいの透明な玉が認められる。これは樹枝から吸い取った樹液と考えられる。 針先の構造を調べるためにSEM観察をした。この試料についても、お湯をかけて、口吻先と針先の樹液を取り去った。以下にその結果を示す。図19は図18と同じく真横から、図20〜25は針先を少し手前に傾斜して撮影した拡大像である。
図6や図8で隙間から見えた針状の組織が、この蝉では口先から付き出している。針状組織の中央にはさらに鋭い針があり、その両側には支え棒のようなものが二本ある。
図22は針の先端部の拡大である。針はさらに二つに割れていることが分かった。この先を樹皮に差し込み、樹液を吸うのであろうか。図23〜25は口先部の拡大である。
針の両側の支え棒は針を両側から挟んでいてその表面には縞状の筋がある。支え棒は針を差し込む時の補助の働きをしているようだ。 図26〜28は、口吻を180度回転して腹部側を観察した結果である。
図28は針の先端部の拡大であるが、裂かれた隙間から、縞状の凹凸が見える。 ・針が出ている口吻2 長い針を出していた蝉が他にもいたので、それも詳しく観察することにした。 この蝉の針部はカーブしていて、樹液はほとんど付着していなかった。デジタルカメラで撮影した写真を図29,30に示す。
図29と同じ方向から光学顕微鏡で拡大して撮影したのが図30の上部(正面)で、90度回転して撮影したのが下部(側面)である。側面の写真から針のカーブの様子が分かる。 この口吻を頭楯から切り取り、口吻の先端部を詳細にSEMで観察した結果を次に示す。
図31,33は正面から、図32,34は側面から撮影した像である。針のカーブはほぼ直角に曲がっている事が分かる。また針組織が、樋のような凹形の二本の針が摺合わされている事が分かった。前の蝉では、二本の針が同じ長さであるが、この蝉は一方の針が長く伸びている。ここでは、前の蝉で観察した針を両側から支える棒が認められない。そこで針を90度回転して、針先端の正面から奥部を観察した。結果を図35に示す。
図35で、針の側に支え棒と考えられる像が観察できる。このことから、この蝉は、支え棒を口吻鞘の中に残したまま、一対の針だけが突出している状態であると判断した。 図36は針先端部の拡大像であるが、一方の凹形針の内面が良く見える。さらに拡大して内面構造を観察した(図37,38)。
内面には歯のような構造がある事が分かった。 次に図36の中央部で、二本の針が摺合わさっている部分を観察した。
先端部で認められた歯状の構造は凹凸がやや平坦になっているが連続してある。 対抗している短い針の内面を是非見てみたいと、長いほうの針をピンセットで押して折ってみた。幸い上手く折れて、対面の針の内面を観ることができた。その結果を図41〜44に示す。
この針にも歯のような凹凸が認められた。図38と44を比較すると、凹凸の列が左右異なっているのが分かる。しかし、これを二枚合わせると、同じ側に歯があることになる。つまり、この歯が噛み合わさって、何かをしている事が分かる。樹液だけを吸い込むのに、この歯状の組織はどんな働きをしているのだろうか。 ・まとめ セミの口吻を観察してきたが、我々の口と比較すると、鞘状の口吻は唇にあたり、中から出ていた針状の組織は我々の舌のようなものである。唇を樹皮に当て、口の中から長い舌を出して、樹皮に押し込んで、樹木の中の樹液を舐めているようなものだ。 セミの口吻に関する参考書がなかなか見つからず、インターネットのウイキペディア等で調べた結果、学術的には、C形の鞘は下唇、針を支える棒は大顎、針は小顎と呼ぶようだ。 蚊の口吻を調べた時は、その複雑さに驚いたが、簡単だと思っていたセミの口吻もこんなに複雑な構造をしているのに驚いた。 この大顎、小顎が下唇の鞘の中でどのようになっているのか、是非調べてみたい。 −完− | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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