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■2009年2月、浅間山の火山灰
2009年2月2日朝、我が家の自動車のボンネットに白い粉が沢山付着していた。もうこんなにスギ花粉がとよく見たら、花粉とは異なり、灰のような白い細かい粒子であった。朝のニュースで、浅間山が噴火した事を知った。そうすると、火山灰ではないかと、さっそく花粉を採取する要領で、セロハンテープで灰を採取した。その一部の光学顕微鏡像が図1である。ほとんどのものが白く光り、部分的にオレンジまたは黄土色の粒子があった。
さっそくTinySEMで、火山灰を観察した。その結果を紹介する。
図2は20倍の光学顕微鏡像で撮影した図1と同じ視野を探して、SEMで観察した結果である。粒子は、大きいもので直径が0.1mmくらいで、この倍率では解像できないような微粒子もあることが分かった。
観察は、微粒子が固まっている領域A、周りの大きい粒子B、C、黄色に光っていた粒子Dを拡大して観察した。その結果を順次紹介する。一つ一つの粒子がいろいろな形態であったので、できるだけ多くの画像を紹介することにした。
後日、日本大学文理学部のホームページ「自然災害と環境問題」、東京大学地震研究所のホームページ「浅間山火山活動について」に、専門家の調査結果が掲載されていた。それを参考に観察した像の考察をした。
2009年2月2日午前1時51分に浅間山が噴火した。火山灰は風に流され、30分後には秩父に、1時間30分頃には多摩丘陵付近、2時間後には横浜付近の帯状の地域に降ったと記されていた。私が住む日の出町(浅間山からの距離は約100km)は、そのルートから少し外れているが、車のボンネットには、白い粉が観察されていた。火口から5,6kmはなれたところでは、数ミリの大きさの火山灰が降ったようであるが、こちらでは小麦粉のような微小な灰であった。
A1,A2,A3粒子は、スケールは小さいが、山や川によく見られる岩石と同じような姿、形をしている。一方、粒子A4,A5は、1μm以下の不定形粒子の集まりで作ったオニギリのようである。粒子B,Cは数10μmの比較的大きな粒である。この粒子の外形は比較的滑らかだが、穴から中を見ると、細かい粒子がつめ込められたようで、稲荷寿司のようである。
粒子Dは、光学顕微鏡でオレンジ色に見えた粒子で、一つの固まりになっている。
浅間山の火山灰については、すでにタイニーキャラバンで(映画「日本沈没に出演」)紹介した。この時は、東大地震研究所浅間火山観測所の近くで拾った2004年大噴火の際のものと思われる石を観察した。観察の結果、特に白い石は、気泡が多い軽石状であった。これは地下深部からのマグマの噴出の際、急激な減圧によりマグマに溶解されていた水などの揮発成分が発泡したためにできた、ガラス状の多孔質物質であると説明されている。すなわち、このときの軽石は、マグマの噴火により放出されたものである。
他方、今回観察した灰には、ガラス状の多孔質物質は見当たらなかった。今回の噴火は、マグマからのものでなく、地下にある高温高圧の水蒸気の圧力が急激に開放される、水蒸気爆発であったと記されている。従って、火山灰は、火口底部をふさいでいた古い溶岩が吹き飛ばされたと考えられる。粒子A1,A2,A3は日常よく見る岩石とよく似ていて、火口の底部に堆積していた溶岩が水蒸気爆発で粉々になって吹き飛ばされたと考えると、納得ができる。この岩石は斜長石(CaAl2Si2O8−NaAlSi3O8)が主なものであるようだ。
しかし、粒子A4,A5は岩石の粉とは考え難い。日大文理のホームページには、隠微(実体が分からない)晶質、があると書いてあっが、それに該当するのであろうか。私は、台風の雨の中に含まれていた植物のかけらがこのような形状をしている事を観察したことがある。何か火口底部にあった有機物を含む岩石が、高温でこのようなオニギリ状の微粒物質になったのではないかと想像するがどうであろうか。あるいは、炭酸カルシュウムのような炭酸塩とも考えられる。粒子B,Cはさらにこれらの物質が寄り集まって団子状に成長したと考えるが、どうであろうか。
粒子Dについては、ホームページに記入されていた輝石ではないかと思う。輝石はケイ酸塩鉱物[XY(Si,Al)2O6、X:Ca,Na,Fe,Zn,Mn,Mg,Li、Y:Cr,Al,Fe,Mg,Mn,Sc,Ti,V]で、光沢があり、組成によって色も変わるようである。
いずれにしても、今後同じ粒子について形態だけでなく、組成、さらには結晶系を調べて、火山灰の解析をし、自分の目で、地球の内部を覗いてみたい。
−完−
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タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん
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