■ 美しく身軽なアメンボ(ヒメアメンボ2−足、口吻)
昨年の夏に採取したアメンボ、前回は翅と複眼を観察した。今回は足と口吻とを観察することにした。アメンボは水面に軽く浮ける。その足の構造を詳細に観察したかった。アメンボは足に油を着けているので浮けるとも言われているが、本当であろうか。さらに水面に落ちたアリなどの虫に口吻を刺して体液を吸い取るそうだが、その口吻はどんな形をしているか、興味があった。 ・前足 アメンボを観察すると、前足は泳ぐ時だけでなく、獲物を捕らえたり、相手との戦いに使い、ちょうど我々の手のような働きをする。先端にはハの字に開いた爪があり、全体は毛で覆われている。
前足は他の足に比べて短いが、太さが倍ぐらい太い(約170μm)のが特徴である(図1)。獲物を捕まえるのに頑丈な前足が必要なのだ。水に接する先端部の接地面である裏側を順次拡大して観察した結果を図2~10に示す。
かなり複雑な形をしているので、他のアメンボの前足も観察した。その結果を図11~14に示す。
前足には接地する裏側にも毛が生えている。裏側の毛は、板状であるのが特徴的である。さらにその上には100nm位の凸構造がある事が分かった。足には油成分が付着していると言われているが、この凸構造は油には見えない。獲物を捕らえるときの感覚機能であろうか。また板状の毛は、スキーの板のようなので、水面を浮くのに都合がよいと思われる。 ・中足 アメンボの泳ぎを観察すると、主に前足と後足で浮き、中足で漕いで前進する。中足は推進の役目をすることが分かった。中足は長く、体長の約1.4倍ある。 その足はどのような構造になっているかに注目した。図15は光学顕微鏡写真で、図16~24は順次拡大して観察したSEM像である。中足は断面が縦長のようだったので裏側と横側から観察した。その結果を図16~24に示す。
中足の太さは、図17から横幅に比べて縦幅は約1.5倍ある事が分かった。 中足の毛並みの特徴は、図18の上図で分かるように裏側の中央に直線状に並んだ特別な毛が生えている事である。下図は横から見た写真であるが、上に跳ね上がっている毛が裏側の中央に直線状に並んだ毛に対応する。図19と図20は図18の拡大で、図19が裏側、図20が同一視野の横側から撮影した写真である。写真中に記入したアルファベットは対応する毛を示す。これからも、裏側の中央に直線的に並んだ毛は、他の毛に比べて約30μm長く外に張り出している事が分かった。さらに拡大して同一の毛を裏側と横側から撮影したのが、図21,22、図23,24である。裏側の中央に張り出している大きな毛には二種類あり、一つは針状であり、他は前足で観察したようなスキーの板のような形状をしている。しかし、板状の毛の表面には、前足で観察したような凸構造はない。中足は漕ぐのが主な機能であるからだろう。 このように、中足の断面が縦長でしかも中央に長い太い毛が張り出している構造は、ボートで漕ぐときに平たいオールを立てて使うのに似ている。まさに中足は漕ぎやすいように作られている事が分かった。 ・後足 後足も長く、体長とほぼ同じくらいの長さがある。光学顕微鏡像を図25に、順次拡大して観察したSEM像を図26~34に示す。爪も前足や中足と同じように先端部に付いている。
図27で分かるように、後足も裏面より側面の方が約1.4倍広い。 また中足と同じように裏側の中心にも線状の毛並びがある。それらは図31,33で分かるように、針状の毛とスキーのような板状の毛からできている。後足では、図30で分かるように、跳ね上がった毛はそれほど長くない。しかし、毛の長さなどは個体の差もあるであろう。 何れの足にもスキーの板のような毛がある事が分かった。これらが水に浮ける機能に寄与していると考えられる。 ・石鹸水で洗う 一般にアメンボが水面に浮かべるのは、足に油が付いているからだと説明している記事がある。本当にそうなのか、自分でも調べる事にした。
図35は水面で交尾しているペアーである。雄が雌の体の上に乗って足は水面より離れている。このように、雌の足は二匹分の浮く力を持っている事が分かる。このような浮く力をどのようにして得ているのであろうか。 まず石鹸水を入れた瓶にアメンボを入れた。そうすると、図36のように足がだんだん水中に沈んでいった。石鹸水で何かが起きたのだ。次に洗濯の仕上げに使う柔軟剤液を少し入れた水面に浮かせた。それでも、図37に示すように、だんだん沈んでいった。柔軟剤はそれほど油を溶かさないと思うが、どうしてだろう。 実験しているときに、クモが歩いていた。ちょっと失礼と捕まえて、水面に浮かべたら、なんと沈むこともなく、水面上を泳いだ(図38)。クモも水面に浮けるのだ。このクモの足先を観察できなかったが、おそらくハエトリグモのように足先にはたくさんの微毛があるであろう。
石鹸水に浸した足裏はどんなに変わっているだろうかを調べた。石鹸水に浸して沈んだアメンボを水で洗い乾燥させて水面に浮かべたところ、再び浮くことができた。その時、自分で脚のクリーニングはしていた。そのアメンボを取り出し、前足の裏を観察した。その結果を図39~48に示す。
他のアメンボも石鹸水に浸したのち洗い、前足裏を観察した。その結果を図45~48に示す。
水面で泳いでいたアメンボの前足の観察結果(図2~14)と比較した。しかし、特に変わった構造は観察できなかった。たとえば、図12で見られる異物は、油成分とも考えられるが、図46で観察できるように、石鹸で洗った足裏にも認められる。また凸構造もほとんど同じである。 さて、ではどうしてアメンボは水に浮けるのであろうか。まずどの足裏にもスキーの板状の毛が生えていることが分かった。板状の毛は、水面を保とうとする表面張力と、少し沈んで水を押しのけたことによる浮力の働きで体を浮かせることができる。石鹸や柔軟剤の水溶液では表面張力が小さくなり、浮く力が減少するため、身体を浮かせる事が難しくなる。細い毛の中には細かい泡が含まれ、浮く助けをするが、石鹸や柔軟剤の溶液では親水性になり泡は潰れてしまう。また毛の表面には、我々の皮膚表面と同じように油成分はあるであろう。今回の観察では認められなかったが、それは水を弾く効果(撥水性)があり、これも浮くのに寄与しているだろう。 ・口吻 水面でどのようにして獲物の体液を摂取するのであろうか。それを調べるため口吻を観察した。 図49~54は口吻をある方向からと、試料を回転して反対方向から撮影した写真である。口吻の先端は、約10μm径のパイプ状になっていた。
口吻には粘液のようなものが付着しているため、詳細の構造はなかなか把握できなかった。粘液を落とすため、蝉の時のように熱湯に浸してみたが、効果はなかった。もう少し構造を見えないかと、断面観察を試みた。しかし、蝉と比べ、大変細く、また柔らかいので切断は難しかった。 図55、57は先端部から観察した口吻の先である。その先端部を少し切断して観察したのが図56と58である。
先端は長い毛が生えた、歯ブラシのようなものが合わさっているように見えた。 図50で示した口吻のほぼ中間部の断面を観察したのが図59である。
図59は複雑で断面構造を理解するのが難しい。長い毛が内部にあるようだ。その後の断面切断はなかなか上手く出来ず、根元部で割れてしまった。図60は根元部で縦に二つに割れた片側である。内部に大きな毛が規則正しく配列されている事がわかった。
一番根元から破断された口吻を観察した例を図61に、その拡大を図62に示す。ここで、蝉の口吻で観察したと同じような唐草模様のような構造が見えた。見にくいので断面を色でなぞった結果が図63である。この構造は蝉の口吻の断面(樹木に突き刺す蝉(アブラゼミ−口吻3)の図11)で観たのとほとんど同じである。ただ蝉の口吻の直径は約50μmであったが、アメンボの直径は約20μmと細い。アメンボの先端にはこのような構造は認められないが、途中まではこのような、はめ込み構造で、左右の舌を交互にスライドさせて、虫の体内に挿入させ、さらに体液を体内に取り込むのであろう。蝉もアメンボも同じカメムシ目に属する事から、同じような構造であることが納得できる。 アメンボの口吻は蝉に比べて細く、柔らかいので分解するのが難しかった。昨年の夏に採取したアメンボはもうなくなってしまったので、今年の夏にもう一度挑戦出来たらと思う。 −完− | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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