■樹木に突き刺す蝉(アブラゼミ−口吻3)
前編では、口吻全体の断面形状と鞘の格納溝の詳細について観察してきた。ここでは樹液を吸引する舌とその支え棒の構造について詳細に調べた結果を示す。 ・舌の構造 図1は前々編(アブラゼミ−口吻1)の図43である。これは口吻から舌が突出している試料で、その長いほうの舌を破断して短い舌を観察したものである。この試料を傾斜して、二つの舌の関係を調べた。その結果を図2〜4に示す。
図2の左の折れた舌の断面像では、上部(図3に拡大像)にはT字型の突起構造が、下部(図4に拡大像)には窪み構造があり、対する舌には、それにはめあう溝、突起があり、それらが篏合(かんごう)して一つの筒を形成していることが分かった。 さらに詳しく調べるため、口吻から鞘を外した試料の舌部を安全カミソリで切断して、その断面構造を観察した。その結果を次に示す。
図5の断面は、上部の舌の凹凸形状が鮮明に見える試料で、図6はその拡大である。
図7の断面は、下部の舌の凹凸形状が鮮明に見える試料で、図8〜10はその拡大像である。
一対の舌の形状と結合している様子が分かりやすく見えるように、図7に色着けをした。その結果を図11に示す。
図11で上の赤で示す舌を舌1、青で示す舌を舌2と呼ぶことにする。相対する舌は、二つのチャックのような構造で、大小の洞を形成していることが分かった。 次に、舌の外面について観察した。全体として、外面は比較的滑らかであるが、舌が結合している部分に、何か構造が認められたので、それを調べた。
図12は鞘を外した口吻で、中央が舌、上下が支え棒である。図13は舌の先端部を含む拡大像である。その中央部分(先端から約600μm)を拡大したのが図14、15である。
図14,15の中央から左側には、小さな突起が並んでいるが、先端から約600μmの右側は無いことがわかる。突起は三角形で、底面が舌から生えているようだ。 次に、口吻の中間部の舌の側面を観察した結果を、図16〜21に示す。
図16〜18は側面を順次拡大した像である。突起は底面の直径が5μmくらいの円錐状で、先が曲がっている。図19〜21は180度回転して、その裏側の側面を観察した結果で、ほぼ同じような突起の列があることがわかった。図18と図21を比較すると、180度回転しても、接続面の上方に突起があることから、突起は対の舌の同じ方向の端に着いていることが分かった。 次に舌の内面を観察した。図22は前々編(アブラゼミ−口吻1)の図36と同じ視野で、一方の舌(舌1)が突出していた試料である。舌の内面は複雑で、図2で見たように長手方向にレール状の構造があり、そのレールには先端部では約7μmのピッチで凹凸がある構造である。しかし、他の舌と接触する右端(先端から約300μm)ではその凹凸は平たんになる傾向である。 そこで、さらに口元に近い部分の内面を調べた。
一対の舌は噛み合っているので、簡単には分離できない。図23は幸いにもピンセットで剥がすことができた舌である。剥がれた舌は、内面を上にして並べた。この試料を用いて中間部の舌の内面を観察した。図23の右端には、反り返った舌がある。それを拡大したのが図24である。
図24では断面が表れている。断面の上方に幅広い溝があり奥が深いことから、この舌は図11の青色で示す舌2に対応すると判断できる。したがって、図25の上の舌は、図11の赤色で示す舌1であり、下の舌は青色の舌2に対応する。
図26は舌2の拡大像で、上部の黒い帯がT字型の突起が入る溝である。中央の灰色の帯は、大きい洞の内面である。図27は舌1の表面で、下部の約10μm幅の薄い灰色の帯は、T字型の突起を上方から見ていることになる。ここで特徴な事は、図22の先端部で見られた凹凸構造がなく、レールのようになめらかな面であることである。 ・支え棒の構造 次に、図12の試料を用いて、支え棒についてもその構造を調べた。
図28の上部には支え棒の先端部および中央部を側面から観察した像である。いずれも舟形の形状をしている。特に図29で示す先端部は丸木舟のようである。 図28で先端部から約500μmの場所からは、棒の上部にギザギザの模様が認められる。倍率を上げて観察したのが図30、31である。約15μmピッチでノコギリの刃のような構造が認められる。図29から、先端ではこのギザギザ構造が擦り減ったように見える。
図30、31の側面に傷跡のような模様が認められる。この模様は先端以外、全体に認められた。傷跡のようなものの凹凸の程度は、1μm以下で、非常に小さいと思われる。 次に、支え棒の断面を観察した。その結果を図32に、拡大像を図33に示す。
断面はU字型で内面は樋のようになっている。図31,33で内面に長手方向に並行に直線の模様が見える。図33より、その線は、わずかに(1μm以下)台形に出ている境界であることが分かった。 ・結果の考察 以上が、鞘と舌部を観察した結果である。この結果を次の図で説明する。
図34は舌構造の説明図である。二枚の舌は複雑な凹凸構造で結合し、洞1と2を形成している。その一対の舌は、図35で示すように二本のU字型の支え棒に挟まれている。 では、このような口吻を使って、どのように蝉は樹液を吸い取るのであろうか。 今まで調べた参考書にその説明が見当たらないので、自分なりに、推定をしてみた。 まず、蝉が木に止まり、樹液がありそうな隙間などに口吻の鞘部を押しあてる。次に、 鞘の中から支え棒を出し、二本の棒を前後に運動させながら樹皮の奥に差し込む。樹液のある深さに達したら、その間から舌を出し、その二枚の舌も前後運動させて樹液を洞1に取り込む。この際洞2からは唾液を注入し、樹液が固まらないようにする。昆虫は肺がないから、我々がストローで吸い込むようにはできないだろう。蝶の口吻で考えたように、毛細管現象と舌1,2の交互の前後運動で樹液を吸引するのであろう。図35で示した舌部の大きさは約150x50μmである。我々が使う縫い針の直径は約500μmで、先端部の径は約30μmである。支え棒の先端径は20μmくらいなので、ドリルのような仕組みがなくても、押し付けるだけで、樹皮の繊維の間に刺し込むことができるであろう。図29で見た支え棒の先端部は樹皮に刺し込んだために傷んでいるようである。また支え棒のギザギザ構造は、樹皮に刺し込む時に助けになるであろう。 また鞘の舌部が格納される溝の表面に絨毛があったが、支え棒の出し入れをしやすいように働くのではないかと考える。 このシリーズをまとめているとき、フリーザーパック(図36)のチャックが目に留まった。チャックの構造がどうなっているかをさっそく調べてみて驚いた。蝉の舌の構造を真似たような構造であったからである。
図37はチャクの断面をデジタルカメラで撮影した像である。図34で示した構造とよく似ているのがわかる。さらにチャックを外して平面構造を撮影したのが図38である。図25の蝉の舌構造とよく似ている。蝉は大昔からチャック構造を舌に取り入れていたのである。
今回の蝉の舌の観察で、一番美しいと思った写真を図39に示す。まさに神様が創造されたとしか説明ができない美しい曲線から構成されている。古代から布や陶器の模様に使われている唐草模様そのものである。
作業の間に新聞を取りに行って驚いた。我が家の門扉にも、蝉の舌で見た唐草模様が! −完− | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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