■ 夏のやっかい者の蠅(イエバエ)
蝉の鳴き声が聞こえだすと、家の中には、やっかい者のハエ(蠅)がどことなく湧いてくる。前回はコバエを観察したが、今回はその先輩格のイエバエを観察することにした。 ごみの処理は注意して行っているが、玄関のドアーの開閉時にうまく侵入するハエがいる。家の中に入ったハエは、ハエたたきで射止めてきたが、時にはつぶしてしまう。昨年夏、虫網で採取したハエを保存しておいたので、それで観察することにした。 このホームページでは、観察する昆虫として、どんどん嫌われ者を対象にしてきた傾向にあるので、訪問された人には不快な気持ちにさせてしまっているかもしれない。しかし、身の回りの昆虫としては無視できないので、勘弁していただきたい。 さて、今回観察したのは、どこの家庭にも一匹や二匹は居るイエバエである。
図1は観察したイエバエの外観写真である。見るからに不潔な感じがする。前回のコバエの観察で、口を開いた状態の観察ができなかった。保管しておいた一匹のハエの頭部を観察した一例を図2に示す。やはり、口は閉じていて内部の観察ができなかった。 ・口の内部観察 三匹目のハエでは、口が開いていた。そこで口の中を詳細に観察した。 その結果を、図3〜10に示す。
図3〜6は伸縮自在の口吻の先に広がる唇弁を順次拡大して観察した結果である。この唇弁を食物に押し当て、液体食物は吸い取り、固形物は全体に分布している歯を用いて削り取り唾液で粘性にして摂取するようである(文献1)。内面はおろし器のようだ。
図7の中央部の口腔から粘性液体を体内に取り込む。我々の喉に対応する器官か。 図8〜10は、唇弁に分布している歯の列を観察した結果である。
ペアーの歯列は、食物をかきむしり、唾液と混ぜてその間の溝に流し込む。その溝はすべて口腔に繋がっているので、口腔に運べるのであろう。それにしても、歯の多さに驚いた。歳を取り、正常な歯が少なくなった私には、羨ましいくらいだ。 ・触角部の観察 触角は臭気や風の流れなどを検知する重要な感覚器官である。図11〜16に順次拡大して観察した結果を示す。
ハエの触角は短くて太い。各々の部位の働きはわからないが、食物を探し出すのに、この臭覚器が活躍するのであろう。 ・複眼の観察
図17と18はハエの複眼の全体像である。この方向から見ると、ほとんど球状で、360度の方向からの光を検出している事が分かる。後方の情報も同時に得られるのであろう。頭の中はプラネタリュームのように映し出されるのだろうか。しかし各個眼は、結像された像ではなく、単に明るさの情報だけである。
この個眼の数が脳に送られる画像の解像度になる。画素数を見積もってみた。ハエの頭部の約50%が複眼であると仮定し、単位面積当たりの個眼の数から計算したところ、全体でおよそ6600個の個眼がある事が分かった。ハエはあらゆる方向を80x80の画素子からなる像として検出していることになる。この解像度は非常に少ない。 コバエでは個眼の間に毛が生えていた。しかしイエバエでは、個眼だけで、その間の毛はなく、六角形のタイル張りのようである。 ・足先の観察 ハエ(蝿)はいつも前足をこすっている。これが縄を編んでいるように見えるので、蝿または蠅の字ができたと言われている。拝むようにこすっている足はどんなになっているのだろうかを調べた。 図23,24は、前足の上面(着地面の反対)を拡大した写真で、両側に伸びた爪とその間の一対の爪間盤がある。
図25〜30は、前足の裏、すなわち接地側を拡大して観察した結果である。
ハエの足の裏はコバエのようなしっかりした組織でなかった。前足、中足、後足、そして何匹かの足の裏も同じような構造であった。どの足裏も、柔らかい腺毛が生えていて、どの毛もしな垂れていた。ハエの足裏の腺毛は表面が粘着性を持っていると言われているが、そのためかもしれない(文献1)。 腺毛の先端部を観察したのが図29,30である。先端部は開いていて、花のカラーを思わせる。この部分が接地目に付着することになる。ハエは天井やガラス窓にも容易に止まれるが、この粘着性を持った吸盤のように開いた腺毛で可能になっているのだろう。乾燥させたときにしな垂れることから、腺毛はかなり柔らかいと考えられる。このような繊細な毛は感覚器官でもあり、いつも掃除をしないと使えないのであろう。ハエが拝むように足をこすっているのはこのためなのだろう。 ハエは、多くのバイキンを運ぶので嫌われるが、腐った食物を食べるとき、この粘着性の足裏がバイキンを運ぶのであろう。 前に見たニクバエの脚のデーターと比較をすると、ニクバエの足裏もやはり粘性の物質が付着していたが、毛は立っていてより強いようである。 ・翅の観察 前回はコバエ、前々回はコアシナガバチの翅の表面と断面を観察してきたが、いずれも翅の表面に特徴があり、厚さも非常に薄いことが分かった。今回のイエバエの翅も観察した。
図31と32は光学顕微鏡で撮影したイエバエの翅である。薄いため、干渉色として赤や緑色に見える。
図33,34は光学顕微鏡で見た同一視野をSEMで観察した結果である。さらに拡大して観察した結果を、図35〜38に示す。
表面全体に、約20μmの間隔で、約3〜40μm長さの針状の毛が生えている事が分かった。しかし、コバエで観察したような150nm位の周期的な凹凸構造は認められなかった。いずれにしても、ハエもこのような毛によって水を弾く撥水性が得られている。 次に翅の断面を観察した。断面はいつものように、両刃カミソリで切って得た。結果を図39〜44に示す。
両面に生えている毛は鋭い円錐状で、底面部では直径4μmくらいである。図44は膜の断面を拡大した写真で、膜の厚さは約0.7μm(700nm)であった。食品用ラップフィルムの厚さが10μmであることと比べると、いかに薄いかが分かる。よく破れないものだ。 翅に張り巡らされた翅脈の断面も観察した。結果を図45〜48に示す。
この翅脈はパイプ状で、その直径は約25μmで、内部は空洞になっている。円錐形の毛が切れている場所があった。
図49,50は円錐状の毛の側面がわずかに削られた場所で、毛の中身が空洞であることが分かった。 図50で分かるように、円錐状の毛が生えている裏面は窪んでいる。図36,37に見られる地の黒い部分は、反対側の毛が生えている窪んだ根元に対応することが分かった。 ・平均こんの観察 平均こんは、後ろの翅の一対が退化したもので、飛翔中に前翅の羽ばたきと同じ速さで振動し、ジャイロスコープの働きをすると言われている。ハエも平均こんがある。 図51はイエバエの側面から撮影した写真で、その中央に黄色の組織がある。これが平均こんである。この平均こんをSEMで拡大して観察した。その結果を図52〜56に示す。
平均こんの先端のコブ状組織は、乾燥によってひしゃげているようである。中に空気か水分が入っていたのであろう。コブ状組織表面を拡大すると。
一面の微毛の間に、針状の剛毛が認められた。匂いや空気の流れなどを検知する感覚子のようだ。 図52の根元に特徴的な組織が認められたので、拡大して観察した。結果を図57〜60に示す。
図60に見えるように、非常に特徴的な構造をしている。一種の感覚器であろうが、どんな機能があるのであろうか。 以上、イエバエの観察をしてきた。今回、口内を観察できたのが幸いであった。歯の列は、巧みな構造であった。足の裏は、どのハエも毛がしな垂れていて粘性物質が付着していた。これが唾液なのか、足裏表面から分泌されたものかも知りたい。 ・参考文献 1. 家畜および家禽のハエ防除 http://www.flycontrol.jp/species/housefly/jp/index.shtml −完− | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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