■ニクバエの脚 網戸を閉め忘れたら、招かざる客が入ってきた。今回は取り押えたニクバエに犠牲になっていただき、前から疑問に思っていた、ハエはどうして天井やガラスに止まって落ちないのかを調べることにした。 ハエは我々人間にとって、益のない共存できない敵である。しかも資料によると、宿敵のハエは昆虫の中でもっとも短い時間で繁殖し、しかも飛びまわる能力(飛翔力)が優れているようである。この怪物が繁殖するためにどのような戦術を持っているのかも観察することにした。 とらえたハエを紙箱の中に入れておき、自然乾燥をした。SEM観察前にルーペとデジカメを使ってハエの外観を撮影した。 このニクバエの全長は約12mmで頭の幅は約3.5mmであった。やはり6本のどの脚にも大きな爪のような物があった。これがどんな物にでも止まれる仕組みのようだ。
脚の構造 まず前脚と後脚を裏面(着面)から観察した。これはガラスに止まったハエの脚の裏をガラス越しに見た事になる。後脚には粘着物が多く付いているようだ。 一般にハエが天井やガラスに止まれるのは粘着分泌物を出すからと説明されているが、それだけであろうかと疑問に思っていた。なぜなら、我々が粘着物を付けた靴で歩くことを想像すると、粘着物だけで付着するのであれば、歩いたり脚を離す事は大変であるからである。それ以外にも理由があるのではないかというのが、今回の最大の関心事である。 まず前脚、後ろ足の全体SEM写真を示す。
脚は5節からなり、その先にはラケット状の爪がある。これが着地部であろう。
爪の裏面は、比較的平らで、亀裂が入っている。
さらに拡大すると、細かい列状の無数の毛が生えていて、床を磨くときに使う回転ブラシや歯ブラシを思わせる。この毛は味覚器になっていて、餌に止まったときにその味覚を脚で瞬時に判断して、食べることができるとのことである。 小林一茶の句に「やれ打つな 蠅は手をする脚をする」という句があるが、ハエはこの味覚器を覆う分泌物を脚から取るため、いつも脚をすり合わせていると言われている。蠅という漢字も、脚をすりあわせる行動が、縄を編んでいるように見えるからだそうである。 また毛の先端は少し広がっていて、その先端から粘着性物質が分泌されるとのこと。確かに図10では分泌された物質が表面に付着しているように見える。 この無数の毛は指のような機能があるのではないかと考えた。着地面にこの無数の毛を適当に動かして、表面を挟んだりして付着の手助けをしているのではないかと想像した。 次に爪の周辺部に注目した。
周辺部にはより強そうな太い毛が緻密に張り巡らされていた。これも付着の助けになっていると想像した。すなわち周囲をしっかり囲うことによって吸盤のような作用をしているのではないかと想像した。
爪にいたる各節を観察すると、多くの毛が生えている円錐を重ねた構造になっているが、着地面側だけが比較的平坦になっていた。拡大像から、ここにも爪の裏面と同じような毛があり、それから分泌物が出ているように観察された。したがって、この節の部分も付着に寄与していると考えられる。 さて、爪部が吸盤のような作用をしているのではないかという仮説をより確かなものにするため、爪をステレオ観察して、裏面の凹凸の様子を調べてみた。方法は撮影後10度くらい傾斜して同一視野の二枚目の写真を撮影して、両目で見る方法である。詳しくは、タイニーキャラバンのコーナーの日本顕微鏡学会での一般公開in札幌を参照してください。
立体視をしてみて、意を強くした。爪は吸盤のように凹面になっていた。 この形状も、脚の吸着機能に寄与していると考えられる。 次に節の部分のステレオ観察もしてみた。
節は、円錐形のラッパを重ねたような形状をしているが、着地面である裏側は、やや平坦になっていることが分かった。 天井やガラスにも止まれる理由 今回の観察は、自然乾燥したハエの組織を観察したものであり、乾燥時に形状が変形している可能性も残るが、変形が少ないとして次のような考察をした。 ハエが天井に逆さまに、またガラスに垂直に止まって動き回れる理由として、一般に説明されている、(1)脚に粘着性分泌物があるという理由の他に、(2)爪の着地面にブラシのような毛があり、これが物を挟むような動きをする、(3)着地する爪の形状が凹面になっていて、吸盤のような働きをするのではないかと考えた。(2)(3)は、脚を着地面から離すとき、毛を意識的に動かすことが出来れば、挟むまたは吸着作用を軽減でき、離陸が容易になる。これを実証するには、ハエをガラスに着地させ、それを裏面から動的観察をすればよい。是非実証してみたいものである。この機能が理解できれば、原子力装置や、高所に作業用装置を運搬する機構の開発に参考になるのではないか。訪問してくださった皆様のご意見も伺いたい。 口の構造 人間と戦える優秀な機能を持つハエの各機能を観察してみた。 まず口を正面から観察した。
口は大きく、中央下部には、象の鼻のような伸縮自在の吸口(吻管:フンカン)がある。吻管から液を出して食べ物の上にかけ、溶解してポンプ式に吸い込むとの事。吻管の先には硬い唇弁があり、それで餌を噛み砕くことができる。吻管上部の二本の器官が何の役目をしているのかが不明である。たぶん味覚器の一種であろう。 触角部 頭前面に鼻のように突き出た二本の棒は、触角である。
ハエは腹部の側面にある羽を動かす筋肉が発達しているので、時速15km、すなわち秒速4mくらいの速さで飛ぶことが出来る。このように早く飛べるハエにおいて、前面に出た触角は、速度や方向が検出でき、アクセルと速度計の役目をしているようである。この器官の機能によって早く的確に飛べるのである。 物に接触して物を感じる棘毛(きょくもう)を調べた。
先端は細い棒状で長く、約1.5mmもあった。これで対象物に接触して判断するのである。
触角表面は複雑な毛で覆われている。これが、風を検出し、自分のスピードや方向をコントロールできる仕組みと関係があるのであろう。 目部 獲物や敵を見つけるための目も重要な器官である。ニクバエの複眼は3000個の個眼がドーム状に並んでいる。おのおのの個眼は8個の光センサーを持っているので、合計24000個の光センサーがあることになる。このセンサーによって光の強さ、色、動きを、頭を動かさずに即座に知覚できる。ただし、ハエは近眼で乱視で、数メートル先は見えないと説明されていた。
個眼は実に整然と配列されている。図26は一部の拡大でその精巧さが分かる。
図27は複眼と額部の境界部で、まつげのように見える。頭のてっぺんには剛毛と単眼があることが分かった。この単眼が何の役目をしているのかは不明である。 羽部 ハエは羽を動かす筋肉が発達しているので、非常に早く飛ぶことが出来る。羽は2対でなく1対しか持っていない。退化したもう1対の羽は平均棍(へいきんこん)に変化し、飛行機のジャイロスコープのような役目をして、俊敏に飛ぶときの平衡感覚器官になっている。 以前、SEMギャラリーで紹介した蚊の羽のように美しい模様があるのではないかと期待してハエの羽を観察したが、それほど複雑なものではなかった。
迅速に飛ぶためには、単純な構造が良いのであろう。 ハエは、油断をして汚物を放置すると、瞬く間に繁殖する。いたるところに止まるため、病原菌を運ぶ害虫としても放っては置けない。生命力の強いハエは、この他にもいろいろ優れた機能を持っているようである。さすが人間と対で戦える害虫である。 代表的な資料:「ハエ全書」、マルタン・モネスティエ著、大塚宏子訳、原書房(2000) −完− | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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