■ 雪虫の舞い!(ワタムシ−綿毛3)

前回(綿毛2)前々回(綿毛1)の報告では、胴体から生えている長い綿毛に注目して観察した。今回は他の部位にも綿毛のようなものがあることが分かったので、それを観察してまとめた。



脚の蝋繊維

前々回(綿毛1)の全体像図29で、右上の脚部を撮影したのが図1である。脚全体に白い蝋繊維と思われるものが被っていたので、詳細に観察した。

雪虫の脚部 雪虫の腿節
図1 雪虫の脚部 図2 雪虫の腿節


図2は腿の部分(腿節)のSEM像である。この視野を拡大して観察した結果を図3〜6に示す。

腿節部拡大 図3中央部拡大
図3 腿節部拡大 図4 図3中央部拡大


図4拡大 図5の強拡大
図5 図4拡大 図6 図5の強拡大


腿節表面には、綿あめを付けたように網目状の蝋繊維が被っている。図6では外皮またはワックス表面から、蝋繊維が無作為に出ているように見える。繊維の径は、0.05μm程度のものから0.2μm径のものがあり、それらが絡まって1μmくらいの紐状になっているものがある。すなわち脚の全面から汗のように蝋繊維が出て、網目状に脚を被っていることが分かった。この蝋繊維が何のためにあるのか、想像がつかない。



翅の蝋繊維

まさかと思いながら観察した翅表面に、規則的に並んだ蝋繊維があるのに驚いた。その結果を次に示す。
前回の脚を観察した雪虫で、翅に周期的な蝋繊維があることを観察したが、翅が折れていたので、別の雪虫を用いて詳細に観察した。

雪虫の翅対 翅先の拡大像
図7 雪虫の翅対 図8 翅先の拡大像


観察に使った雪虫の光学顕微鏡像を図7に示す。雪虫の翅は一対の大きな翅と、その下(胴体側)に小さい翅が一対ある。図7では、一枚の大きい翅をはずして下に移動してある。 図8は下に移動した翅の先部の拡大像である。非常に薄いため、干渉色が見える。この翅の表面は、翅を広げたとき上面(胴体と反対側)である。図7の上部視野にある小翅は二枚重なっていて、観察している表面は、翅を広げた時の上面になる。さらにその後ろの大きい翅の観察表面は、大きい翅の下面(胴体側)になる。
まず、図7の下部視野の大きい翅全体のSEM像を撮影した。

大翅全体のSEM像
図9 大翅全体のSEM像


図9は、図7の下部の翅のSEM像である。図8の拡大像では、何か表面に縞模様が見えるが、それに対応して図9のSEM像にも、小さな斑点のようなものが無数認められる。この構造の詳細を調べるため、拡大して観察した。まず、図9の左側の翅の先端部に注目し、左に90度回転して観察した。結果を図10〜18に示す。

翅の先端部 図10拡大 図11拡大
図10 翅の先端部 図11 図10拡大 図12 図11拡大


拡大していくと、翅の表面全体に白い斑点が、しかも、ある間隔(約20μm)を保って規則的に分布していることが分かった。その斑点をさらに拡大して観察した。

図12拡大 図13拡大 図14拡大
図13 図12拡大 図14 図13拡大 図15 図14拡大


図15拡大 図16拡大 図17拡大
図16 図15拡大 図17 図16拡大 図18 図17拡大


図11で観察した白い斑点を拡大すると、約10μm長さの紐状の構造であり、ことが分かった。その紐状構造は、まっすぐな物や湾曲したものがある。強拡大した結果、紐構造は厚さ約0.3μm、高さ約1μmの衝立(ついたて)のようなものであることが分かった。衝立構造は綿のように、白い繊維からできている。さらにその衝立には下地から多数の繊維が繋がっている。回りにも白い繊維があることから、蝋腺から放出された蝋繊維が絡まって紐構造を形成していると考えられる。しかし、なぜこの位置だけに絡まって紐構造を形成するのかは不思議である。衝立構造は、翅の長手方向のほぼ直角方向を向いている。
紐構造が衝立構造であることを確認するためにステレオ観察した。図17,18の視野について、15度傾斜した同一視野を撮影してステレオペアーを作った。その結果を図19と20に示す。図aは交叉法観察用ペアーであり、図bは並行法観察用ペアーである。

紐状構造ステレオ(交叉法) 紐状構造ステレオ(並行法)
図19a 紐状構造ステレオ(交叉法) 図19b 紐状構造ステレオ(並行法)


紐状構造拡大ステレオ(交叉法) 紐状構造拡大ステレオ(並行法)
図20a 紐状構造拡大ステレオ(交叉法) 図20b 紐状構造拡大ステレオ(並行法)


ステレオ観察により、下地全体に細かい蝋繊維が草のように生え、衝立部では、蔓(つる)が絡まった垣根を思わせる。

次に、翅の骨組みである翅脈部を観察した。拡大しながら観察した結果を図21〜26に示す。

翅の先端部 白枠部拡大 脈部拡大
図21 翅の先端部 図22 白枠部拡大 図23 脈部拡大


図21は図10と同じ視野である。白枠の視野を拡大した像が図22である。脈部を順次拡大して観察した。

図23拡大 図24拡大 図25拡大
図24 図23拡大 図25 図24拡大 図26 図25拡大


脈はまっすぐな土手の線路に並んだ門形の架線柱を上空から見ているようだ。土手の幅は約5μmで、その上に門形架線柱(今後ゲートと呼ぶ)が約10μm間隔で整然と配列されている。図26から、ゲートも蝋繊維でできているように見える。

脈の立体構造を確認するため、ステレオ観察をした。図24,25の視野で15度傾斜した像を撮影してステレオペアーを作った。

脈構造のステレオ観察1(交叉法) 脈構造のステレオ観察1(並行法)
図27a 脈構造のステレオ観察1(交叉法) 図27b 脈構造のステレオ観察1(並行法)


脈構造のステレオ観察2(交叉法) 脈構造のステレオ観察2(並行法)
図28a 脈構造のステレオ観察2(交叉法) 図28b 脈構造のステレオ観察2(並行法)


ステレオ観察の結果、土手の高さは、約5μmの幅より高そうである。またゲートは、下方、すなわち翅先端方向に、約45度傾斜していることが分かった。

次に、翅の付け根近傍を観察した。図29は図9で一番右側の脈がある視野である。

翅付け根部 図29拡大 図30拡大
図29 翅付け根部 図30 図29拡大 図31 図30拡大


この観察で、翅の付け根近傍では、規則的な紐状構造が認められないことが分かった。また脈のゲート構造も不完全になっていることが分かった。
翅全体で、蝋の紐構造がどのように分布しているかを低倍の写真から調べた。ひも状構造の上に黄色ドットを書きこんだ。その結果を図32に示す。

紐状構造の分布状測定結果
図32 紐状構造の分布状測定結果


測定結果から、紐状構造は、翅の中央から先端部で多く分布している事が分かった。 また密度の大きい先端部では、分泌した蝋が規則的に並んでいるのに対し、付け根部分では、紐状ではなく不定形で、しかも散在している。

次に図7で示した他の翅についてもこのような蝋の紐構造があるのかを確かめた。
まず、図7上部の大きい翅表面を拡大して観察した。これは、今まで観察した翅の下面(胴体側)である。その結果を図33〜35に示す。

大きい翅裏面 図33先端部 図34拡大
図33 大きい翅裏面 図34 図33先端部 図35 図34拡大


図35で分かるように、翅上面と同じように、紐構造とゲート構造があることが分かった。

次に、図7の上部に見られる小さい翅の表側(胴体と反対側)の表面を観察した。その結果を図36〜38に示す。

小さい翅表面 図36拡大 図37拡大
図36 小さい翅表面 図37 図36拡大 図38 図37拡大


観察の結果、小さい翅の表面にも紐構造やゲート構造があることが分かった。



脚や翅表面の綿毛に対する考察

今回の観察で、雪虫の脚や翅にも綿毛があることが分かった。脚表面全体には網目状の蝋繊維が被い、翅表面には紐状の蝋繊維の塊が、周期的に分布している事が分かった。
なぜ、このような蝋繊維が脚や翅にあるのであろうか。
翅の表面の紐構造も脈のゲート構造も、翅の長手方向に走る脈にほぼ直角方向に並んでいり。ちょうど飛行機が上昇下降するときに使うフラップや方向舵のようである。雪虫が飛ぶときの浮力を調整するためにあるのであろうか。それとも、我々の汗のように体内の機能を保つためにあるのであろうか、あるいは、体外への排出物なのであろうか。
謎の多い虫である。





                               −完−









タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

タイニー・カフェテラス トップへ戻る

Copyright(C)2002-2008 Technex Lab Co.,Ltd.All rights reserved.
HOME HOME HOME HOME