■蕎麦を味わう(その3)

前回(その2)では、蕎麦の原料である実や挽いた粉を観察した。
この粉を用いて、蕎麦打ちが行われる。最近では趣味として自分で打つ人が多くなり、ホームページにも多く掲載されるようになった。
蕎麦打ちをして出来上がった干し蕎麦は、いったいどのような構造になっているであろうか。そば粉の観察で筋子のように見えた澱粉はどのように変化しているのだろうか。
今回は市販の干し蕎麦を購入して、その断面を観察する事を試みた。
メーカーや仕込みの仕方、さらには干し蕎麦の一本一本によりその構造は異なるであろうから、数枚の写真から詳細を議論することは危険であるので、大局的な相違を調べることにした。

一般にそば打ちは、そば粉に水を加えて、こねたり、伸ばしたりして薄い生地を作り、それを短冊に切る。しかし、そば粉だけでは粘性が得られないので、十割蕎麦を除いて、一般には「つなぎ」を加えている。一般に用いられている「つなぎ」は、小麦粉、とろろ芋粉、卵などである。まず、つなぎを観察した。



小麦粉

調べた結果、小麦粉に水を加えてこねるとグルテンというたんぱく質ができ、それが弾力性と粘弾性をもち、網目構造をつくるので、つなぎに適しているということが分かった。
小麦粉は含有たんぱく質の量により、強力粉、中力粉、薄力粉などと分類されている。強力粉はタンパク質が多いので粘りが強力という意味であろう。今回は台所にあった薄力粉(たんぱく質6〜8%)を観察した。そば打ちでは中力粉(たんぱく質8〜10%)がよく用いられるようだ。小麦粉を粘着テープ上にまぶし、適当な視野を拡大しながら観察した。

小麦粉の低倍写真 小麦粉の中倍像
図1 小麦粉の低倍写真 図2 小麦粉の中倍像


小麦粉の中高倍像 小麦粉の高倍像
図3 小麦粉の中高倍像 図4 小麦粉の高倍像


球状の粒子が小麦の澱粉であろう。澱粉の大きさは大小あり、直径が20μm±10μm程度で幅広い。図3,4で認められる1〜5μmの顆粒が、たんぱく質であろう。ほとんどが筋子のような澱粉粒子であったそば粉とはかなり異なりいろいろな形をしていることが分かった。図2および3の上部には、ビタミンやミネラルが多く含まれているといわれる胚芽または皮部が認められる。



とろろ芋

次に、とろろ芋を観察してみた。とろろ芋の試料は、とろろ芋を薄く切り乾燥させた物を用いた。その光学顕微鏡像を図5に示す。表面には白い粉状のものが盛り上がっている。
その試料の同一視野を拡大してSEM観察した結果が図6〜8である。

とろろ芋の光顕像 とろろ芋の低倍SEM像
図5 とろろ芋の光顕像 図6 とろろ芋の低倍SEM像


とろろ芋の中倍像 とろろ芋の高倍像
図7 とろろ芋の中倍像 図8 とろろ芋の高倍像


乾燥したとろろ芋には、50〜100μmくらいの袋状の細胞膜の中に、長径が約20μmの長径を持つ卵型の澱粉がびっしり詰まっていた。小麦粉で見られたたんぱく質と考えられる微粒子は認められなかった。



十割蕎麦

最初にそば粉だけで練られた十割蕎麦の干し蕎麦を手で折り、その断面を観察した。

十割干し蕎麦の断面光顕像 十割干し蕎麦の断面SEM像
図9 十割干し蕎麦の断面光顕像 図10 十割干し蕎麦の断面SEM像


図9の光顕像では、甘皮と思われる茶色の斑点が認められるが、SEM像では判定できない。断面は、ピスケットを割ったように、表面に凹凸ができている。
次に、この断面の左下部と、左中央部を順次拡して観察した結果を、前者は左列に、後者は右列に並べて示す。

左下部の低倍像 左中部の低倍像
図11a 左下部の低倍像 図11b 左中部の低倍像


左下部の中倍像 左中部の中倍像
図12a 左下部の中倍像 図12b 左中部の中倍像


左下部の高倍像 左中部の高倍像
図13a 左下部の高倍像 図13b 左中部の高倍像


左列の左下部の中央には、甘皮と思われる像がある。光学顕微鏡像で茶色になっている部分に対応する事が分かった。図11a、12aでわかるように、この視野では、甘皮以外のほとんどの部分が粒状の蕎麦の澱粉で詰まっている。すなわち十割蕎麦であることが確認できる。右列の左中部では、図13bに筋子状の蕎麦粉がそのまま入り込んでいるのが見える。図11b、12bでは粒状澱粉の像の間に、平坦な灰色の部分が見える。このような視野は、他の場所にも同じように認められた。この平坦な部分は澱粉粒が糊状化したのではないかと考えた。すなわち、水分を加えて、こねたり伸ばしたりした結果、一部の澱粉の粒が溶け糊化したと考えられる。十割蕎麦では、粘りを得るため加熱をすることもあるようだが、それによって糊化が進んだとも考えられる。この糊化によって、十割蕎麦の粘りが出て、ばらばらにならないで練る事ができているのではないか。後の干し蕎麦に比べて、十割蕎麦の断面には隙間が少ない。このことは練りが十分行われた結果と考える。



とろろ蕎麦

とろろ蕎麦の袋には、とろろ芋と小麦粉が入っていると書かれていた。購入したとろろ蕎麦は断面が十割蕎麦に比べ半分くらいに細く切られてほぼ正方形であった。

とろろ蕎麦の断面光顕像 とろろ蕎麦の断面SEM像
図14 とろろ蕎麦の断面光顕像 図15 とろろ蕎麦の断面SEM像


次に、左下部を拡大した像を左列に、中央上部を拡大した像を右列に並べて示す。

左下部の低倍像 中央上部の低倍像
図16a 左下部の低倍像 図16b 中央上部の低倍像


左下部の中倍像 中央上部の中倍像
図17a 左下部の中倍像 図17b 中央上部の中倍像


左下部の高倍像 中央上部の高倍像
図18a 左下部の高倍像 図18b 中央上部の高倍像


とろろ蕎麦の空洞は、十割蕎麦より小さいが、数が多い特徴がある。
左列図18aでは、蕎麦の筋子状の澱粉が見え、大きな澱粉の回りには細かいたんぱく質と思われる顆粒がこびりついている。右列図18bでは、大きな澱粉粒が割れたような像が認められる。このような像から、粘性のあるたんぱく質により、澱粉がしっかりつながれて網目構造を作っている事が分かる。細かい空洞もこの網目構造の特徴と考えられる。



韃靼蕎麦

中央アジアの高度2000m級の高地で栽培される韃靼蕎麦は、ルチンを豊富に含む健康食品として注目されているが苦味が強いということである。日本の蕎麦とどのように違うかも興味深かった。
この韃靼蕎麦には、小麦粉がつなぎとして入っていると書かれていた。

韃靼蕎麦の断面光顕像 韃靼蕎麦の断面SEM像
図19 韃靼蕎麦の断面光顕像 図20 韃靼蕎麦の断面SEM像


韃靼蕎麦の断面は四角でなく、角が丸まった円形に近い断面形状である。また日本の蕎麦は甘皮が入っているため、少し茶色に見えるが、韃靼蕎麦は黄色に見える。これは皮の色の相違のようだ。この倍率で空洞が数多く見えるのが特徴である。練りにくいためであろう。断面の右上部の拡大像を左列に、中央部の拡大像を右列に示す。

右上部の低倍像 中央部の低倍像
図21a 右上部の低倍像 図21b 中央部の低倍像


右上部の中倍像 中央部の中倍像
図22a 右上部の中倍像 図22b 中央部の中倍像


右上部の高倍像 中央部の高倍像
図23a 右上部の高倍像 図23b 中央部の高倍像


右上部の甘皮強拡大像 中央部の澱粉強拡大像
図24a 右上部の甘皮強拡大像 図24b 中央部の澱粉強拡大像


左列中央部には甘皮と思われる像が認められる。小麦粉の澱粉が多くある。右列中央には筋子状の澱粉が認められる。日本の蕎麦とあまり変わらない。全体に小麦粉のたんぱく質によると思われる網目構造になっているのが分かる。 

以上、いろいろな干し蕎麦を見てきたが、こねたり伸ばしたりしてそば打ちをしても、干し蕎麦内には、そば粉で見た澱粉粒がそのまま存在し、小麦粉のたんぱく質が強力なつなぎになっている事が分かった。

                                         −完−





タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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