■ 水中生物の観察2(タヌキモ))

前回、タヌキモの獲物を取り込む袋(捕虫嚢)が観察できた。その観察をしているときに、嚢の子供(芽)と思われる100~200μm径くらいの球状の組織があることが分かり、気になっていた。今回、捕虫嚢がどのように成長するのかを観察することにした。 図1,2は光学顕微鏡で観察した嚢芽を、大きさの順に並べたものである。図1hはほぼ成長した嚢で、その直径は約1000μm(1mm)である。観察できた一番小さい嚢は図1aで、その直径は約80μmである。茎から膨らんだ芽は、1a~1hのように成長することが分かった。像に不鮮明なところがあるが、私が使っている光学顕微鏡の解像度ではこれが限界である。

図1 タヌキモの捕虫嚢の成長1
図1 タヌキモの捕虫嚢の成長1


図2 タヌキモの捕虫嚢の成長2
図2 タヌキモの捕虫嚢の成長2


直径約700μmの図1eのあたりで、右側が少し変形しているのが分かる。これは多分、図2fのような嚢のエサを取り込む口ができ始めているのではないかと思う。 そこで、成長中の嚢芽をSEM観察することを試みた。次にその結果を紹介します。

図3 成長した捕虫嚢と芽嚢 図4 嚢の芽A
図3 成長した捕虫嚢と芽嚢 図4 嚢の芽A


図3は、成長した嚢と成長途中の嚢が並んでいる視野である。右の写真はそのSEM像である。図4は嚢芽を拡大した像であり、図5はさらに拡大した像である。また図6は成長した嚢の口部の拡大である。

図5 図4の拡大 図6 嚢の取り入れ口
図5 図4の拡大 図6 嚢の取り入れ口


この嚢芽Aの直径は約190μmで、成長した嚢の約5分の1の大きさである。嚢芽Aは、成長した嚢と同じく、つぶれることなく球形を保ったまま撮影されている。しかし、成長した嚢の表面では、各細胞が膨れているのに対し、嚢芽Aでは細胞がやや萎んで撮影されている。この理由として、嚢芽ではまだ細胞膜を覆う細胞壁が薄くて弱いのであろう。したがってSEM内の真空又は電子線損傷で水分が抜けるために、やや萎んでいるのではないかと思う。

図7 別の嚢芽B 図8 図7拡大
図7 別の嚢芽B 図8 図7拡大


図7,8は別の嚢芽Bである。直径は約220μmである。球状の形が萎むことなく撮影されている

図9 別の嚢芽C 図10 図9の拡大
図9 別の嚢芽C 図10 図9の拡大


図9,10は直径約180μmの嚢芽のSEM像である。ここで注目したのは、図10の左下部に亀裂が認められることである。これは嚢口ができる初期段階ではないかと思う。この嚢では表面の細胞が膨れていて、損傷が少ないことが分かる。

図11 口が見える嚢芽D 図12 図11の拡大
図11 口が見える嚢芽D 図12 図11の拡大


図11,12は直径約280μmの嚢芽DのSEM像である。この嚢では、嚢口の触覚と思われる組織が認められる。表面の細胞壁は膨らんだままで損傷は少ない。

図13 口が見える嚢芽E 図14 図13の拡大
図13 口が見える嚢芽E 図14 図13の拡大


図13,14で示す嚢芽Eは確実に嚢口が見える例である。直径が約280μmで、表面の細胞も損傷が少なく撮影できている。嚢口の触覚らしき構造もでき始めていることが分かる。 この嚢口は成長と共に図6のような餌を取り込める構造になるのであろう。

今までの観察結果から、嚢芽が直径約200μmに成長する段階で嚢口ができ始め、直径約300μmに成長すると、触覚に近い構造ができ始めることが分かった。
しかも、これらの芽の状態でも、今の私の撮影方法で、表面の細胞はあまり萎むこともなく撮影できることが分かった。

さらに小さい芽は観察できないだろうかと考え、挑戦することにした。直径約100μm程度の嚢芽を見つけ、観察を試みた。
図15は比較的小さい(約520μm)成長した捕虫嚢に並んでいる嚢芽である。それをSEM観察した結果が図16~18である。

図15 小さい嚢芽の光学顕微鏡像 図16 図15のSEM像
図15 小さい嚢芽の光学顕微鏡像 図16 図15のSEM像


図17 図16の拡大 図18 損傷した嚢芽拡大
図17 図16の拡大 図18 損傷した嚢芽拡大


嚢芽の直径は約100μmである。しかし、撮影された像では細胞はつぶれていて、全体の形も球状でなく変形されている事が分かった。真空や電子線で損傷したのであろう。

別の小さい嚢芽を観察した結果を次に示す。

図19 小さい嚢芽 図20 図19のSEM像 図21 図20の拡大
図19 小さい嚢芽 図20 図19のSEM像 図21 図20の拡大


この嚢芽は長径が約85μmで、図1aとほぼ同じ大きさである。この試料についても細胞はつぶれていて、良い結果は得られなかった。

どの生物も同じであろうが、小さい芽のうちは形成している細胞壁は弱く傷つきやすい。 残念ながら今の私の方法ではこの弱い細胞壁を萎ませることなく撮影することはできていないことが分かった。

この原稿を編集中、今年のノーベル賞の発表があり、特に化学賞では、クライオ電子顕微鏡の開発と応用で、3人の欧米人が受賞した。 これは極低温に試料を冷やしたまま電子顕微鏡で観察する方法である。このような高度の技術と設備を用いれば、小さな嚢芽も損傷なく観察することができるかもしれない。 しかし、趣味で電子顕微鏡観察を楽しむ私にとってはとても真似できない縁遠い方法である。そこまではいかなくても、今後も知恵を絞って生の生物の観察方法を編み出していきたい。



                    ―完―





タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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