■ 水中生物の観察1(タヌキモ)
10年ほど前、友人の大塚氏から、水中植物のタヌキモが電子顕微鏡で見えないかと相談を受けた。送っていただいたタヌキモ(イトタヌキモ)を図1に、一個を光学顕微鏡で拡大して観察した写真を図2に示す。タヌキモは食虫植物で、水中の小さな幼虫やプランクトンを袋に取り込んで栄養としている。 一般に研究所などでは、水を含む試料の形態は、固定法、臨界点乾燥法、凍結法などを用いて観察されている。私にはこのような技術も設備もないのでお手上げであった。当時の試料前処理法はイオンコーティング法で、その処理をして観察した結果を図3に示す。
無残にも細胞は破れ、縮んだタヌキモしか観察できなかった。悔しかったが、そのまま10年余りが過ぎ去ってしまった。 ところが、最近考案した低真空(~8Pa)、低加速電圧(2kV)での観察を試みた結果、かなり良い結果が得られたので紹介する。水から取り出したタヌキモをカーボンテープの上に乗せ、テイッシュで水滴を吸い取って、そのまま電子顕微鏡に入れ、メインバルブで調整しながら6~8Paまで排気し、電圧を印加してできるだけ少量の電子線で観察した。その結果を図4に示す。袋状の形状が保たれていて、表面の細胞が萎んでいない状態で撮影できた。 タヌキモには獲物の取り入れ口があり、その入り口には弁があると言われている。弁の表面に検知毛があり、それに獲物が触れると、弁を中に開いて、一気に水と獲物を袋の中に取り込むと言われている。そこで、この弁に注目して観察した。 ・弁の観察
図5は獲物の取り入れ口が見える方向から観察した写真である。順次拡大して観察した結果を図6~8に示す。 図6で150μmくらいの上下に広がる4本の針状構造は、感覚器であろう。図7では弁の先部に感覚器がついているのが分かる。さらに弁の表面と袋の内面にいろいろな細長い器官があるのが分かる。
さて、この弁はどのように袋内で固定されているのであろうか。それを調べるため、取り込み口の視野を上下、左右に傾斜して袋との関係を調べた。 図9~17は、手前に10度ずつ回転して撮影した結果である。図15~17で分かるように、袋と隙間があった弁は、先端と反対側の端で袋と繋がっている事が分かった。ちょうど我々の口内の舌のように、下部の根元部で体と繋がり、それを軸として開閉ができる仕組みであるようである。
舌(弁)が側面との間に隙間がある様子を、今度は試料を横に10度ずつ回転して撮影した。その結果を図18~23に示す。
まさに、我々の舌を見ているように、先端部、両側に隙間があり、下部で袋本体と繋がっているのが鮮明に分かった。 舌の先端にある長い感覚毛で獲物を検知したら、すぐ舌を袋の中に動かし、獲物を水と共に袋内に吸い込み、舌はまた元にもどして、次の獲物を取り込む準備をするのであろう。 舌(弁)の表面や袋の表面には太さ約5μm、長さ20~30μmの微毛は散在している。これらには、獲物を消化したり、舌の動きを助けたり、袋を膨らみ萎む作動を助ける働きがあるであろうが、詳しくはまだ調査中である。 ・表面構造 次にタヌキモの表面構造を観察した。
図24はタヌキモの全体のSEM像である。図2で水中のタヌキモを観察した光学顕微鏡像とほとんど同じように撮影されている事が分かる。 すなわち、各細胞は真空に耐え、水分を含んだままであることが想像される。これは低真空で水の蒸発が抑えられている事と、低加速電圧で電子線の損傷が抑えられたためと考える。 いずれにしても、試料を無処理で水中に存在すると同じような形態でSEM観察できたことに感動した。 図24をさらに拡大して観察した結果を図25~27に示す。
50μm程度の細胞群は膨らんだまま撮影できている。その中に約10μmほどのドーナツ状の組織があることが分かった。 これは多分、舌を開閉して水を吐き出すときに、何らかの弁の働きをするのではないかと想像する。 これらの結果を、植物細胞の微細構造と機能について研究されている埼玉大学教育学部の金子康子教授に見ていただいたところ、興味をもっていただき、金子先生が日比野拓先生と共著された、ぼくらは「生物学」のおかげで生きている、という本(実務教育出版、2016)を紹介していただいた。 この中に金子研究室で撮影された食虫植物のムジナモの見事な電子顕微鏡写真が紹介されている。 今回の実験では、水中植物であるタヌキモを、水中とほぼ同じ形態で観察できた。これは私にとって、画期的なことであり、できたら別の水中植物の観察も是非試みてみたい。 ―完― | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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