■蚕の繭を観る1(ぐんま200)

前回では提供していただいた蚕の成虫を観察してきた。その次にはぜひ繭を観察したいと思った。旅の思い出を飾っている棚を見たら、2007年にJRの「駅からハイキング」で富岡製糸場を訪問した時、お土産でいただいた繭と生糸のセットが見つかった。今回はそれを観察することにした。

お土産の説明書 袋に入っていた繭と生糸
図1 お土産の説明書 図2 袋に入っていた繭と生糸


・繭の観察

白い繭はぐんま200という品種で、少し黄色みかかった繭は新青白という品種である。生糸も中に入っていたのが嬉しかった。この繭を使って観察をすることにした。今回は白いぐんま200を観察した

繭の中身 繭の表面と内側の面のデジタルカメラ像
図3 繭の中身 図4 繭の表面と内側の面のデジタルカメラ像


図3はナイフで繭を半分に切ったときの写真である。左側の繭の中は、幼虫から変態した蛹(さなぎ)である。右側の繭の中は、蛹化した時の抜け殻である。
繭の表面と内面の様子を比較したのが図4である。表面は凹凸があるのに対し、内面はかなりスムーズである。表面と内面をSEM観察したのが図5,6である。内面は厚さ方向に密に詰まっている。最後の方は、狭くなった繭内で幼虫が動くと、繭糸を押しつぶしてしまうからだろう。

繭の表側と内側の比較 図5の拡大
図5 繭の表側と内側の比較 図6 図5の拡大


図7~12は、別の視野の表側面と内側面を拡大して比較した写真である。内側面では、奥の層との隙間が狭いが、表側面では下の層との隙間が少し広いようである。図9~12では、交差する糸がセリシンでよく接着しているようすが分かる。内側と表側の糸の太さには、それほど差がないことが分かった。

表側面 内側面
図7 表側面 図8 内側面


図7の拡大 図8の拡大
図9 図7の拡大 図10 図8の拡大


図9の拡大 図10の拡大
図11 図9の拡大 図12 図10の拡大


  次に繭の断面構造を観察することにした。図13は切断面を光学顕微鏡で観察した結果であり、図14はその一部のSEM像である。繭糸は粘着のあるセリシンで覆われているためか、端部が毛羽立ちまた数本が接着して区別ができないことが分かった。

繭の断面の光顕像 無処理で切断した断面
図13 繭の断面の光顕像 図14 無処理で切断した断面


そこで、セリシンを少し溶かすことを考えた。セリシンはお湯で溶けることが分かっている。繭断面をお湯につけて、断面をエッチングしてみた。その結果を図15,16に示す。

湯でエッチングした繭糸断面 セリシンとフィブロインの分布図
図15 湯でエッチングした繭糸断面 図16 セリシンとフィブロインの分布図


図15において、繭糸を覆っているセリシンが溶けたため、溶けないフィブロインが浮き出ている。よりわかりやすくするため図15の視野を色分けしたのが図16である。このようなエッチングをすると、図 14で見た毛羽立ちや密着はなくなることがわかった。この写真から、繭糸は約28x13μmの楕円形であり、その中に一辺が約11μmの三角形状のフィブロインが二個含まれている構造であることが分かった。 断面を湯でエッチングをして観察したのが図17~20である。図17は断面の繭の表面側、図18は内面側の視野である。図19は図17の拡大像であり、図20は断面全体の写真である。

エッチングした断面の表面部 エッチングした断面の内側部
図17 エッチングした断面の表面部 図18 エッチングした断面の内側部


図17の拡大 繭の断面全体
図19 図17の拡大 図20 繭の断面全体


断面の繭表面側と内面側の差をみると、フィブロインの形状が異なる事である。表面側では三角形に近い形が多いのに対し、内面側ではかなり扁平になっていることである。これは蚕が吐糸口から引き出した糸が固まらないうちに、内部が狭いため張った糸を押しつぶして、扁平に変形したのではないかと考える。図5~12で平面観察した繭表面側と内面側の比較ではあまり差が認められなかったが、内側の糸はボリュームとしては減少しても、扁平化により平面観察ではあまり差が認められなかったと考えられる。



・生糸の観察

富岡製糸では、繭から生糸を紡ぐ座繰りの実演が土日にあることが分かったので3月に見学した。

座繰り作業 座繰りの説明図
図21 座繰り作業 図22 座繰りの説明図


図21は見学の際撮影した座繰り作業の写真である。この写真だけではわかりにくいので、図22のような説明図も作った。繭内では繭糸はセリシンで互いに接着している。これを順次剥がれやすくするため、あらかじめ湯や蒸気に浸して接着力弱める(煮繭)。座繰り作業ではこの処理をした繭をお湯の中に浸す。10~20個の繭の糸口を見つけ束ね、湯を少しずつ回転しながら繭糸に捻りをいれながら、それを束ねて歯車に巻き取る。この巻き取り器具を座繰りと呼ぶようである。会社時代、ボルトを平らに締め付けるように、孔の周囲を円形に削るのを座繰りと呼んでいたが、これとは別の意味のようである。

湯の中でもセリシンは完全には解けないので、束ねた糸はお互いに接着して一本の糸になる。これが生糸である。実際に図2で示した生糸を観察した。図23と24は一本の生糸の側面を観察した写真である。何本かの繭糸が束になっているようである。図24で分かるように、粘性のセリシンが糸表面に残っているのが分かる。

生糸側面 図23の拡大
図23 生糸側面 図24 図23の拡大


次に、生糸を切断し、その断面方向から観察した。その結果を図25~28に示す。

生糸の断面 図25の拡大
図25 生糸の断面 図26 図25の拡大


生糸側面 図23の拡大
図23 生糸側面 図24 図23の拡大


斜め断面方向からの観察から、約20本の繭糸が束になっていて、密着していることが分かった。生糸の表面にも粘着性のセリシンがあることが分かる。生糸というのはこのように20本くらいの繭糸が束になっている構造であることが分かった。

セリシンは、保湿力、紫外線カット、抗酸化機能などの特徴があることが分かっている。そのため、化粧水やクリームに使われているようである。



・絹糸の観察

生糸からセリシンを溶かして取省く作業を精練と呼ぶ。生糸は精練をされると絹糸になる。生糸と比べたくて、家にあった白い絹糸を観察した。その結果を図29,30に示す。二つの束を縄のように編んであることが分かった。

絹糸側面 図29の拡大
図29 絹糸側面 図30 図29の拡大


この絹糸を切断してその断面を観察した。その結果を図31~34に示す。

絹糸断面 図31の拡大
図31 絹糸断面 図32 図31の拡大


図32の拡大 図33の拡大
図33 図32の拡大 図34 図33の拡大


絹糸の側面像は非常にきれいであることが分かった。これは絹糸にするため精練されたため、セリシンの付着のないフィブロインのみの繊維であることが確認できた。この絹糸の断面は一辺が10μmくらいの三角形や楕円形の物が多い。これは図15で観察した繭糸のフィブロインとほぼ同じ大きさである。 フィブロインの断面はその多くが三角形に近い形状であることから、照射した光は散乱がしやすくなり、その結果、光沢の光を放つことになる。

以上、繭、繭糸、生糸、絹糸との関係を実際に観察して理解することができた。今まで何気なくそれらの言葉を使っていたが、これからは、きちっと区別して使うようにしたい。

2015年11月、NHK番組「サイエンスZERO」で蚕の特集があった。蚕の遺伝子情報がすでに解読され、遺伝子組み換えが容易になっている。また蚕のタンパク質の生産能力はすばらしく、遺伝子組み換えで動物用医用薬品が作られているとの事。また人間が必要とするコラーゲンを蚕に作らせて、化粧品として使うことも行われている。糸が強いオニグモの遺伝子を組み換えて、強靭なクモ糸シルクが作れたと。まさに蚕は昆虫工場である。これからは蚕業革命の時代が始まる。



                 ―完―





タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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