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■蚕の成虫を観る1(翅)
この数年、ポプラ社から依頼され、「しぜんのひみつ写真館 ぜんぶわかる!」という児童書に電子顕微鏡像を提供している。
今まで、タンポポ、モンシロチョウ、メダカ、アサガオ、カイコの5冊が出版され、その中に、私が撮影した電子顕微鏡像を掲載されている。(注1)
電子顕微鏡を一般の人に是非知ってもらいたいと思っている私にとって、電子顕微鏡像の魅力を発信できる良いチャンスと思い、参画している。
先日出版された「カイコ」は昆虫写真家の新関孝氏が執筆された。その際氏から、撮影の為に飼育されていた繭から羽化した成虫を提供していただいた。カイコの成虫は簡単には入手できないので、早速観察することにした。
最近、NHKテレビで、カイコの高いたんぱく質生産能力を利用して、犬や猫などの薬(インタ-フェロン)が製造されている事を知った。この高いタンパク質生産能力はさらに遺伝子操作などにより、多くの薬や新素材を生み出す可能性があり注目されている。今では衰退している養蚕業が再び見直され、カイコが見直されるとのことであった。そんな情報もあり、提供していただいたカイコの成虫を、じっくり観察することにした。
まず成虫の写真を示す(図1,2)。
私は小学校のころ、夏休みの研究で、カイコを飼育したことがある。久しぶりにじっくり見た。5000年もの間人類に飼われて品種改良され、成虫は飛べなくなっていて、ただ卵を産むために羽化してきたようなものだ。翅を拡大してみると(図3)、
翅の表面には鱗粉が沢山付着している。しかし、剥がれている部分もある。図4は先端部、図5は中央部、図6は付け根部の拡大写真である。図4には楓の葉に似た形状の白い鱗粉が見える。また図5には、ところどころに細長い鱗粉も認められる。図6には、細長い鱗粉や凹凸の数が多い鱗粉が見られる。
まず、先端に近い場所の鱗粉をSEM観察した。その結果を、図7〜12に示す。
児童書のために観察したモンシロチョウ(注1)の鱗粉の先端部は、コスモスの花びらのように先端部に小さな3,4個の凹凸があった。しかし蚕の翅の先端に近い部分では、図10に示すように、鱗粉の先端部は三つの大きな三角形からなる形状をしていた。図8には鱗粉が差し込まれるソケットが整然と配置されていることから、鱗粉が蝶のように全面に重なるように並んでいる事が分かる。鱗粉は固定されているソケットから剥がれやすそうで、飛べない成虫が羽ばたいたりして一部の鱗粉が抜けてしまったのであろう。鱗粉を拡大してみると、図12で分かるように、縦に約2μm幅の桟構造があり、その間には穴の開いた笊のような微細構造からできていることが分かった。
次に翅のほぼ中央部を観察した。その結果を図13〜22に示す。図14で分かるように、この辺りでは細長い鱗粉が所々に認められた。図16で示す三つ山形の鱗粉と細長い鱗粉が並ぶ視野から、両者を比較しながら拡大して観察した。図17,19,21は三つの山形の鱗粉を、図18,20,22は細長い鱗粉を順次拡大して観察した結果である。
山形の鱗粉と細長い鱗粉の微細構造はほとんど差がないことがわかった。モンシロチョウ(注1)では所々に匂いを出す発香鱗があったが、それとは違うようである。しかし、どうして細長い鱗粉が所々にあり、どんな役目をしているのであろうか。
次に付け根に近い部分の鱗粉を観察した。その結果を図23〜30に示す。
この部分の鱗粉には、四つの山形が、しかもその先端は鋭い形状である。外形は変わっているが、微細構造は前者とあまり変わっていない。
次に付け根部分の鱗粉を観察した。その結果を図31〜38に示す。
微細構造の差はほとんどないが、山形の数はさらに増し、図33から分かるように、5〜6個の山からできていて、さらに先端は鋭く伸びている。すなわち翅の根元に近づくほど山形の数が多くなり、しかも先端が鋭くなっていることが分かった。以前観察したモンシロチョウの標本が残っていたので、光学顕微鏡で調べた。その結果、モンシロチョウでは、付け根部と先端部での鱗粉の形状には大きな違いはないことが確認できた。
蚕の成虫の鱗粉の形状はどうして翅の先端部と付け根部で異なるのであろうか。羽化をして交尾をし、産卵する、たった一週間の運命である成虫にどんな秘密があるのだろうか。
(注1):ポプラ社刊『しぜんのひみつ写真館』
-完-
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タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん
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