■生に近い状態での観察2(オオイヌノフグリ)
前回報告したように、ある程度の低真空(約6パスカル)中で生の植物を観察すると、水分の蒸発前の生に近い状態で観察できることが分かった。この手法を用いて、身近な植物を観察する事にした。3月5日、庭に出て何か花が咲いていないかと見まわした。まだ花らしいものは見つからない。腰を下ろして良く見ると、レンガの隙間に鮮やかなスカイブルーの色をした小さな、小さな花を見つけた。見たことがある花だが、名前は知らない。芝や花壇のレンガの脇に何気なく咲いている花だ。今回はこの花を観察する事にした。 事典で調べたら、花の名前は、オオイヌノフグリという名前であった。どうしてこんなひどい名前を付けたのか理解できなかったが、これよりさらに小さく絶滅危惧種に指定されている、イヌノフグリというピンクの花を咲かせる植物があり、その実の部分が犬のフグリ(陰嚢)に似ているためこの名前がつけられたようだ。実の観察も興味がある。
図1は3月初旬に庭で見つけたオオイヌノフグリの株であり、図2は一輪の拡大写真である。アップすると、その色の鮮やかさ、形の品の良さが分かる。この花を低真空法で観察した。 ・雌蕊と雄蕊 図3は雌蕊と雄蕊を観察するために、斜めから撮影したデジタルカメラ写真である。この試料をSEM観察した結果を図4に示す。
次に、雌蕊を上方から観察した。結果を図5に示す。その左部の拡大を図6に示す。雌蕊柱頭の表皮毛が萎れることなく膨らんだまま撮影できた。生の状態に近い像であろう。
図7は一本の雄蕊のSEM像であり、図8は拡大像である。コーヒー豆のような花粉が見える。
・受粉した雌蕊 次に受粉した花の雌蕊を観察した。 図9〜11、図12は花粉から花粉管が伸びている様子の写真である。ここでは花粉が沢山付着しすぎて、花粉管が雌蕊の柱頭表皮毛と接触できない状態なので、花粉管が伸びたままで受粉まで至っていないのではないか。
図13〜16と図17〜18は花粉が雌蕊の柱頭表面毛に接触して花粉管が入り込んでいると思われる視野である。
ここで分かった事は、花粉管は花粉のぼつぼつがある割れ目から発芽している(図11、12)が、花粉と表皮毛が接触している場合は、割れ目に関係なく、その接触部で固く密着している事である。おそらく接触部で花粉管が伸びて表面毛の中に入り込んでいるのであろう。 ・子房 受粉の後、実を作る子房を観察した。図19〜22は、花の正面から花弁の中心の穴を覗き込んで撮影した写真である。
穴の中央に雌蕊が、両脇に雄蕊があり、雌蕊の根元では中の子房を守るためか、穴の周囲から毛が生えて穴をふさいでいる。その隙間から下を覗くと、子房らしきものが見え、そこから雌蕊が伸びていた。特に注目したのは、子房の表面に生えているハート形の突起である。 そこで、子房の表面構造や雌蕊との関係を調べるため、花弁を取って、子房全体を観察した。 その結果を図23〜26に示す。
子房は落花生型で、その中央から雌蕊が伸びている。子房の表面には毛が生えていて、図21で観察したハート形の突起も観察できる。
子房の周りの蜜腺にあたるドーナツ状の組織を観察したのが図27と28である。独特の毛が生えている。 ・実(種) フグリに似ているという実を観察した。
図29はデジタルカメラ像である。この実はやや褐色がかり、大分実っている。咢を切り取りSEM観察した結果を図30〜36に示す。
実の上部には、図23で示す開花期の子房には認められなかった筋状の構造があることがわかった。またその周辺には、ゼラニュームで観察したと同じような匂い玉を持った毛が生えている。これは図24で見られる棒状の毛が成長したものと考えられる。ハート形の突起は、棒状の毛の前の段階の若い芽であろうか。
図37と38は、褐色に枯れた子房を観察した例である。図35などで認められた筋状の部分から亀裂が入り、裂け目からは中に種が見える。
次に、褐色になって種ができたと思われる実を観察した。図39は片側の殻を剥いだ実の写真である。剥ぐときに中の種が動き、そのままの様子を残しにくかった。図39の左側の部屋の実は、剥ぐときにほとんど動かなかったもので、実の中での種の分布の様子が分かる。右側の部屋は剥ぐ際に振動で種が動いた。その代り、種が固定されていた内側の紐の様子が分かる。
図41〜51は、イオンコーティング処理をして高真空で観察した結果である。図41はコーティング処理をしても種が飛び出さなかった試料である。この右側の部屋の種を拡大して観察した。図44〜46は種の背面を拡大した像で、表面に微細構造が認められる。
図47は種の内側が見える視野で、子房中心に繋がっている紐があることが分かる。
図48は、図41右室の殻の上部の拡大像である。萎んではいるが表面に匂い玉が認められる。これは図32に見られる匂い玉が枯れたものであると考えられる。また図49,50は、初期には接続していて、枯れて剥がれた実の表皮断面である。接続していた角状の細胞が剥がれて、殻に亀裂ができ、種が放出されるのであろう。
実の中央で、雌蕊に繋がっている部分に特徴のある構造があったので撮影した。インターネットや参考書で調べたが、名前や機能は分からなかった。胚珠の中の胚嚢の何かの組織であろう。 図41で観察できるように、実の中央部から雌蕊が伸びている。この雌蕊の柱頭部を観察した。その結果を図53、54に示す。
沢山の花粉が柱頭に付着しているが、どの花粉が花粉管を伸ばして種を形成したのかは分からない。 ・花弁の表面 前回のゼラニュームの低真空観察で、花弁の膨らんでいる凹凸構造を捉えることができたが、オオイヌノフグリについても試みた。
図55はデジタルカメラで撮影した花弁表面である。何かぼつぼつした突起があるようだ。 SEMで順次拡大して撮影した像を図56〜58に示す。写真下部の傾斜部では、この突起を斜めから観察でき、山形をしている事が分かる。しかし、前回のゼラニューム観察で経験したが、突起の表面に認められる皺は、本来の構造であろうか。
前回のゼラニュームの花弁の撮影でも、突起に皺のある写真が得られた。しかし、撮影に注意した結果、突起に皺の少ない像が得られた(ゼラニューム図28)。オオイヌノフグリでもこのような皺にない突起の写真が撮影できないだろうか。 経験的に、電子線照射により皺が生じやすかった。そこで電子顕微鏡のアライメントを故意にはずして、照射電流を少なくして撮影してみた。図59〜61がその結果である。図59より図60はより照射電流を少なくし、さらに図61ではフォーカスが合せられないほど少ない電流で撮影した写真である。図60では突起の先端部にわずかに皺が認められるが、図61では皺は認められない。これが生に近い像で、本来は、皺はない構造であると思う。
そこで、立体的に見れるように、少し傾斜した視野で、しかも花粉が付着している場所を見つけ、電子線照射をできるだけ少なくして、低倍から撮影した。焦点合わせは、より明瞭な花粉像に注目して行った。 その結果を図62〜64に示す。電子線量がすくないので、像はややノイズが多いが、突起の形状は明確にわかる。実際の花弁の突起はこのようになめらかであると考えられる。
以上、低真空法を用いて、庭で見つけた小さな可憐な花であるオオイヌノフグリの花をSEM観察した。受粉している雌蕊、子房、花弁表面など、生に近い状態で観察ができたと思う。 さらに名前の謂れである実についても詳細を観察する事ができた。 今後は、他の花についても生に近い状態での観察を試みたい。 -完- | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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