■ ハーブの匂い袋はどこに(ローズマリー-腺毛、花粉)

今年は大雪に襲われた。自宅前の道路で物差しを刺して積雪量を測ったら、2月9日には46センチ、さらに15日には60センチの雪が積もった。この辺りでは、記憶にある中で一番の積雪であった。その様子を図1に示す。その後も気温が上がらず、庭の雪は結局2週間も残った。3月に入り、ようやく庭の雪が溶け、枝葉が顔を出した。その中で驚いたのは、可愛い薄いバイオレット色の花が雪の中から顔を出したことである。今まであまり目に留めていなかったハーブの花である(図2)。
今回は、雪の中に2週間も閉じ込められても、雪が溶けるとすぐ花を咲かせた元気なハーブを観察することにした。

ハーブについては全く知識がないので、まず図鑑で種類を調べた。図鑑から学名がローズマリーというハーブである事がわかった。ローズマリーはラテン語でRosmarinus と書き、海の雫という意味で、原産地は地中海沿岸で、生育温度は9〜28度であるという事である。そんな温暖な地域で育つハーブが、どうしてこんな雪の中で花を咲かせられるのか?
この植物には精油という成分が含まれ、これが香りの素となっているとのこと。この香りは、もともと昆虫に食べられるのを避けるために進化の途中に獲得したと言われている。しかし、それがどうして人間には、心地よい香りなのか、不思議である。精油はその他に薬用、美容、食材など広く使われている。

大雪の光景 雪の中から顔を出したハーブの花
図1 大雪の光景 図2 雪の中から顔を出したハーブの花


まず、素朴な疑問は、匂い袋はどこにどのような形で存在するのかである。葉にあると聞いていたので、まず葉を調べることにした。

葉の表側(下)と裏側(上)のカメラ像 葉の表側の拡大
図3 葉の表側(下)と裏側(上)のカメラ像 図4 葉の表側の拡大


図3〜6は、匂い袋を探して撮影した写真である。図3は葉の全体の裏側(上部)と表側(下部)の全体像である。比較的大きなこの葉の長さは、約1.8センチであり、幅は約2mmある。

葉の裏側の拡大 葉の横断面のSEM像
図5 葉の裏側の拡大 図6 葉の横断面のSEM像


裏側の図5には、白い直径約0.1mmの粒子が多く認められる。表側の表面は、数は少ないが黄色い粒子が認められた。図6は葉の横断面のSEM像である。葉の裏面には綿毛が生え、その中に粒子がある。葉の両側は内側にカールしている構造である事がわかった。この粒子の中に匂いの素となる精油が入っているのであろう。確かに葉をこすると、ほのかな良い匂いが漂う。



・葉の裏側の匂い袋

内側にカールしているので、裏側から匂い袋である粒の分布などを観るのがむつかしいので、裏側を少しナイフで削ぎ、カール部分を切り取った。その試料を順次拡大して観察した結果を図7〜20に示す。

カール部分を削いだ葉の裏側 葉の裏側拡大
図7 カール部分を削いだ葉の裏側 図8 葉の裏側拡大


図7は削いだ葉の裏側の全体像である。図8〜12は、同一視野を順次拡大して撮影した写真で、粒は綿毛のような組織に包まれていることが分かった。

図8の拡大 図9の拡大
図9 図8の拡大 図10 図9の拡大


図10の粒子拡大 図11の粒子の接続部
図11 図10の粒子拡大 図12 図11の粒子の接続部


図11,12で見られるように、粒は下地から出たソケットのような柄の先に成長していることが分かった。図11の周辺部には、成長中の小さな突起が認められる。これが直径100μmくらいの球状の粒に成長するのであろう。
別の視野の観察結果を図13〜16に示す。

別の視野 図13の拡大
図13 別の視野 図14 図13の拡大


図14の粒子拡大 図15の粒子の接続部
図15 図14の粒子拡大 図16 図15の粒子の接続部


この視野では、粒子が枝状の組織から生えているように見える。
削いで切り取った部分から、葉の断面に近い方向から観察した結果を図17〜20に示す。

削いだ部分 図17の拡大
図17 削いだ部分 図18 図17の拡大


粒子を側面から 粒子の接続部
図19 粒子を側面から 図20 粒子の接続部


ちょうど粒を真横から観察することができた。粒はマツタケのように、下地から太い組織でつながっている。図20には小さなコブが見えるが、これも大きく成長して同じような粒になるのであろう。十分成長した粒は、そのうちに下地から分離し、綿毛状の組織内に移っていくのであろうか。



・葉の断面の匂い袋

粒のようすを調べるため、葉の断面試料を作成し観察した。結果を図21〜28に示す。

葉の横断面 図21の拡大
図21 葉の横断面 図22 図21の拡大


図21は断面全体で、図22〜25は右側の拡大である。図25で分かるように、粒は下地からキノコのように成長している。このことは別の視野でも分かった。別の視野の結果を図26〜28に示す。

図22の拡大 図23の拡大
図23 図22の拡大 図24 図23の拡大


図24の粒子拡大 別の横断面
図25 図24の粒子拡大 図26 別の横断面


図26の拡大 図27の粒子拡大
図27 図26の拡大 図28 図27の粒子拡大


図28では、これから成長する小さな粒も認められる。
以上の観察で分かったことは、葉の裏側にある粒は葉の下地からキノコのように成長し、やがて分離して綿毛状の組織に包まれると考えられる。



・葉の表側の匂い袋

図4で観察したように、量は少ないが、葉の表側に黄色の粒があった。この形態を観察した。その結果を図29〜36に示す。

葉の表側 中央窪み部拡大
図29 葉の表側 図30 中央窪み部拡大


図29は比較的粒が多い視野の全体像である。図30は中央部の溝を拡大したもので、粒が成長して分離したと考えられるソケットは認められる。

図29の粒子部 図31の粒子拡大
図31 図29の粒子部 図32 図31の粒子拡大


図31,32は図29中央部を拡大した像で、拡大した図32から直径は約75μmと、葉の裏側にある白い粒に比べ、やや小さい。

葉の表側の側面 図33の拡大
図33 葉の表側の側面 図34 図33の拡大


図33〜36は接触部を観察するため、横側にある粒子を拡大したものである。

図34の拡大 図35の粒子拡大
図35 図34の拡大 図36 図35の粒子拡大


図35,36から、粒は葉の表面にぴったりと接していて、葉の裏側の粒とは成長のようすが異なっていることが分かった。図35の粒の右側にソケットが見えるが、ここから分離して葉の表面に付着したのであろうか。

ここまでローズマリーの観察をしたが、よく分からないことが多いので、インターネットで調べることにした。主に参考資料1,2を読み、知識を得た。今まで観察した粒は腺毛と呼ばれ、やはり、香りの成分が入っている組織であることが分かった。やはり匂い袋なのだ。
もう一つ分かったことは、この匂いの素の腺毛は茎にもあるということだ。
さっそく、庭に行き採取して光学顕微鏡で茎の表面を観た。



・茎の表面の匂い袋



茎部の光学顕微鏡像 図45の拡大
図37 茎部の光学顕微鏡像 図38 図37の拡大


図37、38に示すように、茎にもたくさんの黄色い粒(腺毛)があることが分かった。確かに茎も良い匂いがする。資料によると、ハーブティーを作るときも、葉だけでなく、茎も一緒にティーポットに入れて蒸すことがわかった。図38の視野をSEMで拡大しながら観察した。その結果を図39〜48に示す。

図37に対応するSEM像 図39の拡大
図39 図37に対応するSEM像 図40 図39の拡大


図40の中央部拡大 図41の拡大
図41 図40の中央部拡大 図42 図41の拡大


図42の中央の粒(腺毛) 図43の腺毛の拡大
図43 図42の中央の粒(腺毛) 図44 図43の腺毛の拡大


ちょうど高価な桃を傷まないように、短冊の紙パッキングに収めたようだ。
さて、この黄色の腺毛も、どのように成長したのかに興味を持ち、茎を縦に裂き、腺毛層の断面を観察した。結果を図45〜52に示す。

破断面から見た腺毛 図45の拡大
図45 破断面から見た腺毛 図46 図45の拡大


他の腺毛を見上げる 図47の拡大
図47 他の腺毛を見上げる 図48 図47の拡大


柄の長い腺毛 図49の拡大
図49 柄の長い腺毛 図50 図49の拡大


柄が剥がれた腺毛 図51の拡大
図51 柄が剥がれた腺毛 図52 図51の拡大


茎の表面の黄色い腺毛も、葉の裏の白い腺毛と同様に、キノコのように下地から生えている事がわかった。柄の長さは短く、図49,50の腺毛は長いほうであった。
図51,52は、柄から剥がれている腺毛である。柄との接続部の様子が分かる。

腺毛が茎の表面にあることが分かったが、茎内部にはないのであろうか。茎の横断面を観察してみた。

茎断面の光学顕微鏡像 茎断面のSEM像
図53 茎断面の光学顕微鏡像 図54 茎断面のSEM像


図53は光学顕微鏡像である。左下表面に黄色い粒が認められる。図54は同一試料を斜めから断面を撮影したSEM像である。左端に腺毛は認められるが、茎の内部は導管など組織細胞で満たされ、腺毛はなかった。腺毛は植物の表面組織から膨らんで成長した組織であることが分かった。



・蕾の表面の匂い袋

茎に腺毛があるのなら、花にはあるのであろうか。花びらを観察したが腺毛は認められなかった。では蕾はどうであろうか。蕾を光学顕微鏡で観察した結果を図55,56に示す。

蕾の光学顕微鏡像 蕾の拡大像
図55 蕾の光学顕微鏡像 図56 蕾の拡大像


図56の像で、蕾の表面に白い腺毛が認められた。この蕾表面は花びらの外側のがく(萼)片になる部分である。十分咲いた花の花びらを顕微鏡で調べたところ、花びらの表裏には腺毛は認められず、その外側のがく片の外面にやはり腺毛が認められた。

この蕾をSEM観察した結果を図57〜60に示す。

蕾のSEM像 蕾の側面
図57 蕾のSEM像 図58 蕾の側面


図62の拡大 図63の拡大
図59 図58の拡大 図60 図59の拡大


綿毛に包まれた腺毛は、葉の裏にある腺毛とよく似ている。

光学顕微鏡で、白い腺毛と黄色い腺毛が認められたが、それらにどのような差があるのであろうか。 資料1によると、匂いをクロマトグラフィという分析機器で測定した結果、葉の表、葉の裏、茎からの 匂い成分が異なると報告されている。その結果は、葉の表側の腺毛には森のような清涼感のある香りを示す成分が多く、茎の腺毛からは同じく森林のような香りの成分が多かった。他方、葉の裏側の腺毛には、軽く甘い香りの成分が比較的多く検出された。
本当にそうなのかを自分の鼻で確認したかった。ローズマリーを5本切り取り、ハサミで葉と茎、花蕾部を分けて切り取り、ガラス瓶にそれぞれ分けて入れた。そのガラス瓶をよく振って匂いを出させ、ふたを開けて嗅いでみた。匂いを文章にするのは大変むつかしいが、葉の瓶から、少し甘い心地よい匂いが感じられた。花蕾からは刺激の強い匂いがした。茎の瓶からは、確かに森林の匂いがした。茎は、内部の組織の樹液からの匂いも加わり、木の匂いがしていると思う。また花蕾は蜜など花特有の匂いがあるのであろう。光学顕微鏡で、腺毛には白いものと黄色のものがあったが、この結果から、白い腺毛は少し甘い匂いが、黄色い腺毛は清涼感のある匂いがあるのではないかと思った。白と黄色の腺毛を別々に測定したら、そんな結果にならないだろうか。



・おしべとめしべ

もともと雪の中から顔を出したローズマリーの可愛い花が出会いであった。最後にこの花を観察することにした。この生命力のある花のおしべとめしべはどんなになっているのであろうか。

ローズマリーの花 花中のおしべとめしべ拡大
図61 ローズマリーの花 図62 花中のおしべとめしべ拡大


花(図61)の大きさは約1cmで、ランのような複雑な形の花びらに囲まれておしべとめしべがある。おしべとめしべの拡大光学顕微鏡写真を図62に示す。二本のおしべはくっついていて一つに見える。めしべは先が切り開かれた筒のようで、非常に簡単な形をしている。この穴に花粉を投げ込んでくださいと待っているような形をしている。

花粉を拡大して観察した。結果を図63〜68に示す。

おしべのSEM像 おしべの花粉部
図63 おしべのSEM像 図64 おしべの花粉部


花粉部拡大 図65の中央の花粉
図65 花粉部拡大 図66 図65の中央の花粉


図66の花粉拡大 図67の強拡大
図67 図66の花粉拡大 図68 図67の強拡大


ローズマリーの花粉は、焼きパンのような形をしていて、その大きさは約70μmである。図68で表面に1μm以下の窪みか穴があることが分かった。どのような役目をしているのだろうか。

さて、今回は雪の中から顔をだしたローズマリーの匂い袋の観察を主にした。直径0.1mmくらいの匂い袋(腺毛)が、葉の裏表や茎表面に、さらにがく片にも吹き出ることが分かった。さらに、匂い袋には白色と黄色いものの二種類があり、それが甘い匂いと清涼感の匂いを出しているようだ。これらを区別して採取すれば、さらに特徴のある香りが得られるのではないかと思う。



・インターネットの参考資料

1. S&Bエスビー食品㈱研究開発情報
https://www.sbfoods.co.jp/company/corp/rd/index.html

2. ハーブの香り
http://www.herb-scents.org/rosemary.html



                               -完-









タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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