■ トンボの巧みなしくみ(ウスバキトンボ1−雄の副性器、縁紋)



夏になると、ハートの形をしているトンボのペアーを見かけるが、トンボは特殊な交尾の仕方をしている事を知った。その仕組みを知りたくて、庭でトンボを採取し観察をした。

トンボの交尾の様子 採取したウスバキトンボ
図1 トンボの交尾の様子 図2 採取したウスバキトンボ


トンボが交尾をしている写真が撮影できなかったので、インターネットで掲載されている写真を参考にスケッチした絵を図1に示す。左上が雄で、右下が雌である。参考書(文献1)から知ったトンボの独特な交尾は次のようである。雄は交尾をする前に、あらかじめ体を曲げ、尾部にある精巣を胸にある副性器に当てて精子を付着させる。その後、雌が見つけ、雌の頭を尾部で挟み込む。雌は尾部の生殖器を雄の副性器に当て、精子を受け取る。この行為の時に図1のような体位になり、それがハート形をしていて親しまれている。
私の庭に良く訪れるトンボは、図2のようなトンボである。図鑑で調べた結果、ウスバキトンボであると判定した。ウスバキトンボは沖縄などの南からくるトンボで、かなり遠距離を飛行して来る。ただ寒さには弱く、冬は死に絶えるようである。



・副性器

副性器という名前は初めて知った。副性器がどこに、どんな形をしているのかを観察した。

ウスバキトンボの腹側 副性器の拡大写真
図3 ウスバキトンボの腹側 図4 副性器の拡大写真


図3は、雄のウスバキトンボの腹側から撮影した写真である。腹部は10個の節から形成されている。翅がついている背中の裏側の腹側(2節)に特徴のある器官、副性器があるのが分かった。それを拡大した光学顕微鏡像が図4である。三組の突起が認められる。その部分を拡大しながらSEMで観察した。

図4に対応するSEM像 図5の拡大
図5 図4に対応するSEM像 図6 図5の拡大


図5は図4とほぼ同じ視野のSEM像であり、図6はその拡大である。SEMは焦点深度が深いので、同じ倍率でも全体に焦点が合っている鮮明な画像が得られる。枝を持った突起と、丸い突起が左右に並んでいる。図7ではその中央の奥に何か構造が認められる。その構造を拡大したのが図8〜10である。

図6の拡大 内部拡大
図7 図6の拡大 図8 内部拡大


副性器内部 図9の拡大
図9 副性器内部 図10 図9の拡大


内部には、図10で見られる柔らかそうな幾つもの突起がある組織がある事が分かった。ここに精子を付けて、雌の生殖器に移すのであろうか。不思議な仕組みである。いつか雌の生殖器もぜひ観察してみたい。

・尾部

尾部の光学顕微鏡写真(上方、横、下方から撮影)
図11 尾部の光学顕微鏡写真(上方、横、下方から撮影)


図11は光学顕微鏡で尾部を観察した写真である。右側の写真から、上方(背側)から、横から、下方(腹側)から撮影した写真である。

上方から尾部を 横から尾部を 下方から
図12a 上方から尾部を 図12b 横から尾部を 図12c 下方から


図12は図11に対応する視野のSEM像である。図12bは尾部を横から観察した写真で、尾部上付属器と尾部下付属器と呼ばれる部位からできている。交尾の時には、図1に示すように、この尾部の組織で、雌の頭を掴んでいる。いろいろな写真から、尾部上付属器で頭の後ろを挟み、尾部下付属器を頭の上部に当てて固定しているようである。

図12a拡大 図12b拡大 図12c拡大
図13a 図12a拡大 図13b 図12b拡大 図13c 図12c拡大


図13a拡大 図13b拡大 図12c拡大
図14a 図13a拡大 図14b 図13b拡大 図14c 図12c拡大


図13と14は各部位を拡大した像である。図14aでは、U字型の尾部上付属器の根元の部分の拡大である。根元に何か突起があるのが分かった。しっかり挟んだことを検知する器官であろうか。
図14bは尾部上付属器を横から観察したもので、ノコギリの刃のようなギザギザ模様があり、内面には小さなボツボツがある事が分かった。雌の頭をしっかり掴みやすいようにできている。図14cは図12cの下部の9節を拡大した像である。雄の精巣はこの節にあるはずである。これが精巣であろう。



・翅

トンボの翅は実に綺麗である。透き通った翅には翅脈が芸術作品のように張り巡らされている。

ウスバキトンボの翅 翅の拡大
図15 ウスバキトンボの翅 図16 翅の拡大


図15はウスバキトンボの片側の翅である。前翅に比べ後翅の幅が広いのが特徴である。図16は前翅の拡大で、翅のほぼ中間に結節と呼ばれる太い翅脈が繋がっている構造がある。先端に近いところには、色が黄土色になった縁紋という部分がある。参考書によると、トンボが飛行中に翅に生ずる不規則な振動を調整する働きがあると。飛行機が飛ぶとき、羽根にいろいろな力が働き、高速になるほど発生する不規則な振動(フラッターと呼ばれる)をする。それを防ぐため、縁紋と同じ位置に防止装置を取り付けると良いことが分かったとの事。トンボは飛行機が発明されるずっと前から、縁紋を使って不規則な振動を軽減する仕組みを身に付けていたのだ。
次に縁紋について詳細に調べることにした。

縁紋の拡大像 縁紋を傾斜して観察
図17 縁紋の拡大像 図18 縁紋を傾斜して観察


図17は縁紋部の拡大写真である。他の場所の透明な膜が、ここでは黄土色になっている。特に形状には変わりはない。光学顕微鏡下で翅を傾斜して観察したのが図18である。翅脈には棘があり、それが表にも裏にも付いている事がわかった。SEM試料は図18の青色線の位置で切断し、左片を使って観察した。

縁紋付近の表面(上)と裏面(下) 縁紋付近拡大、表面(上)、裏面(下)
図19 縁紋付近の表面(上)と裏面(下) 図20 縁紋付近拡大、表面(上)、裏面(下)


図19、20は、図18で切断した左側の片を試料台に固定して観察した結果である。試料を180度回転して裏側(下側)の同一視野を観察した。表と裏の翅脈の形状や位置はほぼ同じで、障子の桟(さん)のようにできている事が確認できた。また翅脈の棘も位置は多少異なるが同じように生えていることが分かった。
写真の右端が縁紋である。次に図19,20で示す縁紋表面を拡大して観察した。その結果を図21〜24に示す。

縁紋表面(表側) 縁紋表面(裏側)
図21 縁紋表面(表側) 図22 縁紋表面(裏側)


縁紋表面(表側)の拡大 縁紋表面(裏側)の拡大
図23 縁紋表面(表側)の拡大 図24 縁紋表面(裏側)の拡大


図21〜24から、縁紋表面は他の膜と異なって、皺がある事が分かった。試料は真空乾燥させているので、この部分には本来水分があり、乾燥によって皺ができたのかもしれない。

翅脈の拡大 翅脈上の棘の拡大
図25 翅脈の拡大 図26 翅脈上の棘の拡大


図25は図20の左側の翅脈(表側)の拡大像である。棘が生えている様子が分かる。図26はその一つの棘を強拡大した像である。どうしてこのような棘が翅脈の両側に付いているのか、不思議である。
次に試料を90度回転して、翅の断面を観察した。その結果を図27に示す。

翅の断面 翅の断面拡大
図27 翅の断面 図28 翅の断面拡大


図27で翅がわずかに波打っている事が分かる。真空乾燥させたためにこのようになったとも説明できるが、真空に入れる前に図18を撮影した時に、真正面から光を照明して撮影した翅が反射した写真(図28)を見ると、張りたての障子紙のように、中央部が凹んだり、凸がっているように見える。このことから、翅脈に取り囲まれた翅の膜面はやや凹凸になっていると考えられる。
文献2によると、飛行中にこのわずかな凹凸から生じる渦が、飛行を安定にしている事が実験的に分かったというのです。縁紋も凹凸もトンボは数億年も前からその技術を体に備えていたのだ。
図29〜34は縁紋部の断面をさらに拡大して観察した結果である。

縁紋部断面 縁紋部断面拡大
図29 縁紋部断面 図30 縁紋部断面拡大


図30の拡大 図31の拡大
図31 図30の拡大 図32 図31の拡大


図32の拡大 縁紋部断面強拡大
図33 図32の拡大 図34 縁紋部断面強拡大


翅の表面はSEM写真では下側にあたる。縁紋断面は他の膜よりやや厚く、また少し波打っている事が分かった。拡大した図34で分かるように、縁紋部断面は三層構造になっていて、両側の硬そうな膜の間に軟らかそうな物質が詰まっている構造である。両側の硬質な膜(おそらくキチン質)の厚さは各々約1.4μm、中央の軟質(脂肪とかタンパク質か)の厚さは約8.5μmである。縁紋の断面の厚さは均一でないが、約11μmであった。水分を含んでいる時はもう少し厚いのであろう。
では、縁紋以外の場所の膜断面はどうなっているのであろうか。図19のB部に注目して観察した。

B部断面 B部断面拡大
図35 B部断面 図36 B部断面拡大


図36拡大 図37拡大
図37 図36拡大 図38 図37拡大


図38拡大 図39拡大
図39 図38拡大 図40 図39拡大


図35〜40は、図19のB部を順次拡大して観察した結果である。この部分の膜厚は比較的均一で薄く、約1.4μmであった。食品用のラップフィルムの厚さは約11μmである。その8分の1の薄い膜を翅として飛び回っているのである。驚きである。
次に縁紋と他の膜の厚さを一目で比較できるように、図19の縁紋とA部との境界の翅脈の断面を中心に拡大観察した。

縁紋とA,B部を含む断面 縁紋部の翅脈断面
図41 縁紋とA,B部を含む断面 図42 縁紋部の翅脈断面


縁紋部の翅脈断面拡大 翅脈断面両側の膜厚の測定
図43 縁紋部の翅脈断面拡大 図44 翅脈断面両側の膜厚の測定


縁紋を支える翅脈はかなり大きく、高さが約250μmあった。翅脈の中は空洞になっているが、生きているときは栄養などが運ばれる通路になっているのであろう。図43から、翅脈の両側の翅膜の厚さを比較する事ができる。右側が縁紋である。測定のため膜の断面部を色で塗りつぶしたのが図44である。右側の縁紋部では、図34で観察したように三層構造になっていて、この場合全体の厚さは約11μmであった。図44の左側は、図40で観察したような通常の翅膜で、その厚さは約1.3μmと測定できた。生きている場合、縁紋の軟質部(図44の黄緑部)には液体も含浸されていたと考えると、その厚さはもう少し厚く、結局縁紋部の膜厚は、他の部分の約10倍の厚さである事が分かった。すなわち、縁紋部は約10倍の厚さ(重さ)があり、これが飛んでいるときに生じる不規則な振動を調整する機能になっているのだろう。
次に、縁紋から少し離れたC部を観察した。

図19のC部 C部の翅脈部
図45 図19のC部 図46 C部の翅脈部


翅脈部拡大 翅膜断面
図47 翅脈部拡大 図48 翅膜断面


図45は図19のC部である。翅脈部を中心にさらに拡大したのが図46,47である。翅脈の高さは約30μmであり、両側の翅膜の厚さはほぼ同じである。図48は図47の左側の翅膜断面を拡大した像で、膜厚さは約1.1μmである。

今回、トンボの巧みな仕組みを観察した。一つは副性器である。インターネットで検索したが、トンボのように別の場所に副性器を持ち、そこにあらかじめ精子を付けておく動物は他にはいないようである。体長が長い動物は他にもいるが、どうしてトンボだけがこのような交尾の方法を選んだのだろうか不思議である。二つ目には、翅に安定に飛ぶための縁紋やわずかな凹凸を備えている事である。

先日テレビのアーカイブス番組で、養老孟司博士の対談があり、その中で博士は、植物とか昆虫とかの自然はどうしてこうなっているのかと考える人がいるが、自然の仕組みは人間社会と異なり、動かしがたいもので、認めるしかない、自然はそれを受け入れるしかない、と言われた。解剖を沢山され、昆虫を長く観察されていた博士の言葉には重みがあった。私は今まで、昆虫や植物の巧みな仕組みを観察してきて、とかくその仕組みがどうしてかと考えたりしたが、これは理由をあまり深く追求しないで、神様が創造されたと賞賛し認めるしかないのだろう。





・参考文献

1) 神戸の自然シリーズ
http://www2.kobe-c.ed.jp/shizen/tombo/index.html


2) 小幡章:流れに関わるネイチャー・テクノロジー
http://www.nbu.ac.jp/topics/archives/kouza_20100612_obata.pdf


                               −完−









タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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