■ 塩の結晶成長(加熱蒸発)
前回は、食塩水の水滴を自然乾燥させて成長させた塩の結晶を観察した。雪の結晶が水蒸気の急激な冷却により生じることから、今回は、塩の水滴を強制加熱して乾燥させたら、どのような結晶ができるかを知りたくて実験することにした。手順は、前回と同じ方法でアルミ板上面に霧吹きで食塩水の水滴を作り、今回はアルミ板の裏面をガスコンロの炎にかざして強制蒸発をさせた。食塩水の濃度、加熱乾燥させるタイミング等により、結晶のできる様子は多少異なった。次に、代表的な試料について、詳しく観察した結果を示す。 ・加熱蒸発させてできた塩の結晶
図1はアルミ板上の食塩水の水滴を加熱乾燥させて残った塩の結晶である。図2,3は光学顕微鏡で撮影した拡大像で、水滴があった周囲に塩の土手が、内部には剣のような形をした結晶があることが分かった。図3の光顕像と同一視野のSEM像を図4に示す。さらに内部の特徴的な結晶を拡大して観察した。内部には綺麗な樹枝状結晶ができている事が分かった。その細部を次に紹介する。
図5は図4のA部の拡大像であり、その右部の拡大を図6に、左部の拡大を図7に示す。 雪の結晶やシダの葉を思わせるような形に成長した結晶が多かった。
図7の視野を順次拡大して観察した結果を図8〜10に示す。
図4のB部についても、順次拡大して撮影した。その結果を図11〜14に示す。
いずれの視野でも、しめ縄などに飾られる紙の飾り「紙垂(しで)」に似た規則的に織り込んだ短冊状のような構造があり、その拡大では、おもちゃの四角いブロックをつなぎ合わせたような美しい立体構造をしている事が分かった。 次に、ハサミを開いたような形をした図4のC部を拡大した写真を図15〜18に示す。
拡大(図16)すると、鳥が翼を広げたようにも、シダの葉のようにも見える。さらに拡大をすると同じく紙垂のような規則的な構造になっていることが分かった。交叉軸の交わる角度は、約70°である。 図2の左の水滴跡(図19)も観察した。青□部の拡大SEM像を図20に示す。その中の代表的な結晶Dを拡大して観察した結果を図21〜24に示す。
ここでも紙垂のような短冊構造がある事が分かった。 ・小さな水滴跡の結晶 これまでは光学顕微鏡でも観察できる100μm程度の比較的大きく成長した結晶を観察してきた。次に、光学顕微鏡では観察できなかった小さな水滴跡にできた結晶を観察した。
図25は、図1の赤□部のSEM像であり、図26は図25の□部の拡大像である。この視野で、できるだけ小さな塩水滴からできた結晶(今後、滴結晶と呼ぶ)を観察した。代表的な滴結晶A〜Hを示す。
図の説明で、その滴結晶のおおよその直径をカッコ内に記入した。以上の観察の結果、200μm以下の食塩の水滴でも、紙垂構造を持った円盤状の滴結晶ができることが分かった。特に図27〜29に示すように、直径100μm程度の滴結晶は、ダイヤモンドやガラスで作った、豪華なペンダントを思わせる。50μm径以下の滴結晶では、リング状に成長できなく、数個の紙垂構造を持つ結晶ができていた。図34はこの領域で観察できた最も小さい結晶で、直径が約5μmである。 ・小滴結晶の立体構造 今回観察した滴結晶は、かなり立体的な形状をしていることが分かった。そこで小さい滴結晶を用いて、その立体構造を解明する事を試みた。実際には、別の日に作成した滴結晶P〜Tを用いて、試料をいろいろな角度に傾斜して観察した。その結果を次に示す。 図35は比較的盛り上がった滴結晶Pを3D観察した結果である。これは試料を0°および15°傾斜して撮影した像から作成したもので、図35aは交叉法での観察用であり、図35bは並行法での観察用である。
ちょうど踏み台のように、四角の台を四方の足が支えているように見える。 この結晶を85°まで傾斜して観察した結果を次に示す。(図35を90°右回転させた像になっている)
図37の傾斜角85°の写真で分かるように、この結晶は、ドーム型の遊具のように見える。 横から見ると、立方体のブロックを積み重ねたような構造である。 別の滴結晶Qを傾斜(-85〜80°)して観察した結果を図38,39に示す。
この結晶を構成しているブロックは-45°と40°の傾斜の画像で四角いブロックの面が見えるのが特徴である。0°の画像では、屋根を真上から見たようなブロックが、-85°および80°の画像では、屋根を水平方向からみたようなブロックが見える。このことから、結晶Qは、アルミ面に対して45°傾けたブロックが積み重なっていることが分かった。 その他の結晶についても、試料傾斜をして観察した。その結果を次に示す。
滴結晶Rでは、ブロックの稜がアルミ板に対して約45°傾斜しているのに対し、滴結晶S,Tでは、約70°傾斜していることが分かった。 結晶学的には滴結晶Pでは(100)面が、Q,Rでは(110)面、S,Tでは(113)面がアルミ面にほぼ接していることになるが、何か結晶学的に安定な条件があるのだろうか。 ・5〜0.5ミクロンの滴結晶 図43は数十μm径の滴結晶で、紙垂構造が綺麗に見える代表的な構造をしている。このような結晶がどのようにして形成されるのかを、さらに小さい滴結晶を観察することによって解明できないかと考えた。 図34の滴結晶Hより小さな滴結晶がどのような形をしているかを調べた。以下図44〜47に観察結果を示す。
約5μm径の結晶(図44)では、丸みを帯びた結晶が多かった。それ以下の結晶では、図45,46,47に示すように、立方体の微結晶が集まった形の滴結晶が多く見られた。微結晶の大きさは、1μm以下で、特に滴結晶の径が1μm以下になると、0.2μmくらいの立方微結晶が認められた。 ・平たい結晶の成長 図48に示すようなシダの葉に似た比較的平坦な形状の結晶が形成される時の、初期段階とも考えられる微結晶群が観察できたので紹介する。それは図49のような場所である。
図49の上部の枝部の拡大像を図50,51に、下部の枝部の拡大像を図52,53にそれぞれ示す。
図50,51では、1μm以下のブロックが面同志を接触させて繋がっている。他方図52,53では牡丹餅を積み重ねたように、1μm以上に成長した結晶が変形して繋がっている。平たい結晶が成長する過程として、始め図50,51のような繋がりができ、その後、何らかの働きで図52,53のように結晶が大きく成長しながら変形し、図48のような平たい大きな結晶に成長する事が推定される。 いろいろな滴結晶を観察している間に、ドーナツ状に成長した結晶が所々に認められた。典型的な例を次に示す。
図54の右側に、45°傾斜して撮影した写真を示す。美味しそうなドーナツに見える。このような結晶がどうしてできるのだろうか。 ・考察 食塩水の水滴を霧吹きで作り、これを急速に加熱してできる結晶を観察してみた。その結果自然乾燥では見られなかった、複雑で美しい結晶ができていることが分かった。 樹枝状結晶について:成長した結晶はほとんど、ブロックが積み重なって紙垂のような短冊ができている。図10,14,41等の拡大した写真を良く観察すると、ブロックが非常に複雑な積み重なり方をしている事が分かった。それを図式すると、図55のようである。
稜がアルミ面に対して傾斜している結晶(滴結晶Q〜T)では、この積み重なり全体が傾いていると考えると説明がつく。食塩の水滴を急激に加熱蒸発させた場合、このような積み重なり方が、なぜ生じるのだろうか。またそれが安定である理由はあるのか。正にフラクタルの世界である。 滴結晶の初期成長過程:結晶成長の知識が少なく、またいろいろな条件での観察に乏しいので結論を導くのは危険であるが、今回の観察から、塩の水溶液から塩の結晶が最初に成長する過程の仮説を立てて見た。最初に食塩水の中で、何かを核にして1μm以下の立方微結晶ができる。次にそれらが集まって、変形したり、大きい結晶に成長したり、積み重なったりして立体的な結晶に成長するのではないか。 今後、この実験を続けると同時に、結晶成長学、熱力学等を学び、さらに専門家のお知恵を拝借して、この不思議を解明したい。 −完− | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Copyright(C)2002-2008 Technex Lab Co.,Ltd.All rights reserved. |