■ 蝶の秘密(スジグロシロチョウ−口吻2)
前回では、スジグロシロチョウの口吻の、主に先端部の構造について調べた。口吻の全体はジャバラ構造の筒になっていて、ゼンマイのように丸めることができる事が分かった。また口吻の先はゾウの鼻先のよう細く、開いていることが、さらに感覚器と思われる凹凸も確認できた。 今回はその続きで、幼虫の時に左右に離れていた外葉(顎)が、どのように組み合わされて筒状の口吻になっているのかを調べたいと思った。そのため、まず口吻の断面形状を調べ、次に接続部の詳細を調べた。 断面の構造 前回の観察で、口吻の先端に近い断面は、長径が70μm程度の筋肉と考えられる楕円形の構造の中央に15μm程度の穴があいていることが分かった(図1)。 口吻の全長の断面構造を知るため、ゼンマイ状の口吻をナイフで切った。しかし、口吻は、簡単に左右の外葉が剥がれてしまい、樋状の半円の断面しか観察できなかった。いろいろ試みた結果、なんとか筒状の断面を観察できたので次に示す。
また接続部から剥がれた外葉の断面を次に示す。
図1から図4は、先端から順次頭部に近い口吻の断面を示す事になる。比較のため、同じ倍率にそろえた。口吻は、中央に蜜を通す管がある。その大きさは、先端では直径が10〜15μmであるが、間もなく50〜60μm径になる。管の周りには、袋状の組織がある。学術的な名前が分からないので、ここでは房と呼ぶことにする。房の外形は、図6のように円形のものもあるが、ほとんどは、図5で示すように、円形がつぶれた、しずく状の形をしている。しずく状の房は、巻いている口吻の内側につぶれていて、内側の接続部を隠している。頭部に近い口吻は、頭部への接続に従い、図4のように房は再び開いている事が分かった。房内は、先端部では詰まっているものが多く、頭部に行くに従って、空洞になっていた。口吻を巻いたり伸ばしたりできるのは、たぶん筋肉があるからであろう。先端部で詰まっているのは、おそらく筋肉であろう。頭部近傍では房の外周が厚く、これが筋肉であろう。房の中に一回り小さな穴が認められる(図2、3など)が、これは空気などを運ぶ気管であろう。後の空間は、血のような栄養を満たす空間ではないか。いずれにしても、蝶が口吻を巻いたり伸ばしたり、花の奥に差し込むのに、筋肉を含む房が寄与していると考えられる。 図5で観察できるように、蜜の通る樋状の内面には、前回に紹介した皺構造の他に、所々に針状構造が認められた。これはおそらく蜜が通過する様子を検出する機能を持っているのであろう。 ゼンマイ状の口吻を切断しようとすると、外葉が剥がれてしまうことが多い。蝶が口吻を巻いているときに、房はどのようになっているかを知りたかった。考えた結果、蝶から切り取った口吻巻きを包埋して切り取ることを試みた。専門的な試薬や装置がないので、粘性の接着ボンドで固め、硬化してから直径方向にナイフで切った。その断面像を図7に示す。一部は剥がれている部分もあるが、剥がれていないものがあった。それを拡大したのが、図9と図10である。
図10の上部の断面は、先端に近い断面で、房は開いている。他の断面では、両方の房が平たくなり、合わさっている事が分かった。図8は図9,10で観察できる房の形状をもとに図7に管と房の様子を書き入れたものである。ゼンマイ状に巻かれた口吻の断面であるので、中央になるほど口吻の先端である。先端では左右に開いていた房は、外周、すなわち頭部に近くなるほど、ひしゃげて内側に合わさることがわかった。 外葉の接合のようす 口吻は左右の樋のような外葉が合わさって筒状になっている。前回の実験でこの接合が簡単に剥がれることがわかった。ではどのように接合しているかを調べた。 まず、剥がれた一対の外葉を試料台に並べ、両者が合わさっていた場所の形状を比較した。 その様子を図11〜17に示す。
図14と図15は、それぞれ、図12と図13の一番手前の部分の拡大像である。手前には外側の接続部、奥には内側の接続部が見える。図16、17はそれぞれの拡大像である。外側の接続部には、ヘラ状の薄い組織が斜めに整然と並んでいる。奥に見える内側の接続部はより小さい板が整然と並んでいる。以上の観察の結果、合わさっている二枚の外葉は、同じ形状であることが分かった。 両側の接続部の詳細をもう少し調べた。 剥がれた一枚の外葉について、いろいろな角度から観察して、その詳細を調べた。
図18は外葉を断面方向から観察した写真で、左に内側接続部、右に外側接続部がある。 図19〜21は内側接続部を拡大して観察した結果である。くの字型の杭が並んでいるような構造である。その内側にはそれを支える支柱のようなものがある。しかし、お互いが組み合わせられるような形はしていない。 図22〜25は外側の接続部で、ヘラ状の組織が二段列で構成されていることが分かる。しかし、接続用の鍵のような形状はない。 次に、実際に接続部を観察した。まず、外側接続部を観察した結果を図26〜31に示す。
図26〜29は、接続部がわずかに離れた部分である。長いヘラ状の板が矢型状に並んでいるのが分かる。図30,31は頭部に近い口吻の完全に接合している部分で、このヘラが交互に重なりあって接合しているのが分かった。しかし板をただ重ねたような構造なので、簡単に外れやすいことがわかる。 次に内側の接続部を観察した。その結果を図32〜35に示す。
乾燥したためか、完全に接続している部分は見つけられなかった。図32は外側接続部がわずかに剥がれている部分で、その間から内側の接続部が観察できた。その部分を順次拡大した。図35で分かるように、接続部は、二列のくの字型の板列があり、わずかの隙間があり、その間からは房の表面模様が認められる。実際に生きているときは、このくの字板は接触しているとしても、ファスナーのようにしっかり接続しているとは考えられない。 すなわち接続部は、ファスナーのように、はめ込むような形でなく、ほとんど同じ形の外葉が二枚合わさっているだけであることが分かった。 蝶の口吻は、顎に対応する左右の外葉がかなり軟弱に接続していることが分かった。そのような構造で、どうして蜜をもれなく吸引することができるのであろうか。毛細管現象により管内を伝わって吸入することが考えられるが、注射針で実験しても、水より粘性の高い蜜を毛細管現象だけで吸い上げられるとは考えられない。口吻の管の密閉度が悪いこと、毛細管現象だけでは吸い上げられないことを考えると、前回でも予想した口吻のゼンドウ運動が伴っているのではないかと予想する。それには、房組織が機能していると考えられる。これらの研究がなされているのか、まだ調査不足であるので、今後の課題としたい。 −完− | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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