■鰹の削り節と鰹菌(2)
前回は、市販されている鰹けずりぶしをSEM観察した内容を報告した。この実験をしていた2009年2月ころ、NHKの「熱中時間」に電子顕微鏡熱中人として出演の依頼があった。番組を見た方もおられると思いますが、4月〜6月にNHK-BSと総合テレビで何度も放映された。この制作で焼津の「山七」の鰹工場に小型SEMを持ってお邪魔し、製造過程を見学して、実際にカビ付された鰹節の表面を観察した。帰りに鈴木工場長のご厚意で、撮影で使ったカビ付枯節をいただいた。さっそく、その鰹節をSEMで観察することにした。カビがどのように働いているのかを削る前の鰹節を用いて調べたかった。 私はお刺身が好きで良く食べる。最近は季節がら、夕食に鰹の刺身を食べる事が多くなった(図1)。その生の鰹が、どのようにして枯節に熟成されていくのかを調べたかった。 像の解釈をするために、まず、鰹の身の構造について、参考書を元に図式化した。その結果を図2に示す。鰹の身は、私たちの腕や腿の筋肉と同じ横紋筋の中の骨格筋である。 図1で見える年輪状の構造が筋繊維束で、その中に筋繊維(筋細胞)が詰まっている。前回見た敷石模様は、この筋細胞の断面である。筋細胞は細胞膜で囲まれ、細胞と細胞の境界は敷石の目地に当たる。この目地、すなわち細胞間に粒構造が認められた。この粒構造は、うまみ汁か脂肪が分解されたものであると予想した。今回の観察では認められなかったが、筋細胞の中には多数の筋原繊維が包まれ、筋原繊維はミオシンとアクチンにより伸縮ができる機能を持っている。
・カビ付け前の鰹 カビ付け鰹節の観察の前に、カビ付していない状態の鰹の様子を調べた。 まずは、生の鰹の断面構造を観察したかったが、刺身の状態では、なかなかスライスに切る事は難しかったので、冷凍鰹を購入して、硬く凍った状態で切った。そのスライスをゆっくり解凍し、さらに自然乾燥させた。図3はそのスライスの光学顕微鏡像である。 自然乾燥させた鰹のスライスをSEMで観察した。光学顕微鏡と同一視野をSEM観察したのが図4である。
図4の視野中央部を拡大して観察した像を図5〜図8に示す。
生の鰹でも直径30〜80μmの敷石構造が認められた。これは筋細胞であると考えられる。細胞の境界は凹んでいるようで、水分が多い組織であるようだ。また図8に見られるように、間隙には粒状の介在物が少し認められた。 次に荒節について調べた。図9は荒節の外観写真である。この荒節から次のようにして試料を採取した。まず図中赤線で示すように、鉛筆を削るように、ナイフで荒節の側面を削り取り、次にその切片に青線のようにナイフを入れて横断面を切り出した。 荒節は比較的柔らかく、鉛筆程度の硬さであった。
図10はその試料を用いてSEM観察した像である。写真の中央と下部が断面部であり、上部の帯は固定したカーボン膜テープである。
図11,12は断面部を拡大した像である。前回、花かつおの観察で見た多角形の敷石のような筋細胞があるのが分かる。筋細胞の間には、粒構造がある。もちろん上部の表面にはカビは認められない。 ・カビ付した鰹節 まず、一回カビ付けした鰹節を開封した。図13に示すように、表面にはカビが沢山付着しているのが分かる。全体的に、少し緑色が混ざっている薄い黄土色である。
この節も荒節と同じようにナイフで断面試料を切り出した。荒節よりは固いが、まだ削りだせる。
ナイフで切り出せる適当な硬さであったので、比較的平坦な断面が出来た(図14)。 図15は、図14と同じ視野のSEM像である。光学顕微鏡で撮影した状態より、さらに乾燥したためか、亀裂が入っていた。 まず、表面が見える青□部を拡大して観察した。結果を図16〜図19に示す。
表面全体にカビが付着しているのが分かる。図19では菌糸が伸びているのが分かる。 次に、緑□で示した中央部の筋細胞部を拡大して観察した。その結果を図20〜23に示す。
筋細胞の敷石構造が綺麗に見える。筋細胞間の粒構造はほとんど繋がっていた。 次に、カビ付けを三回した鰹節(図24)を取り出した。表面のカビは、緑色は薄くなり、薄い黄土色になっている。
一回カビ付けと同じように、ナイフで切り出そうとしたが、硬くて切り出すのに苦労した。 水分が減っている事が分かる。
断面の光学顕微鏡像を図25に示す。切り出すときに発生したと思われる亀裂が目立つ。その同じ視野をSEMで観察した結果を図26に示す。 図26の表面を含む青□部を拡大して観察した結果を図27〜30に示す。
表面のカビ部は、粘性のある液があふれ、カビが一部浸っている。水分は少なくなっているはずであるから、粘性のものは、カビとの反応生成物である可能性が高い。参考書によると、三回カビ付けでカビは油脂分解酵素(リパーゼ)を出して、油成分を脂肪酸とグリセリンに分解すると説明してあるが、その分解が生じて、このような粘性液が染み出たのであろうか。この傾向は、前回の「鰹の削り節と鰹菌(1)」の図29,30でも認められた。 図26の断面中央部の緑□部を拡大した像を図31〜34に示す。
敷石構造の筋細胞が同じように認められるが、細胞境界の粒は不連続であり、細胞の内部にも粒構造があるのが特徴的である。 別の試料で、表面のカビが成長している部分があったので、撮影した。 その結果を図35〜38に示す。
カビは、菌糸を根や茎のようにして花のように成長していることが分かった。 最後に5回カビ付した枯節(図39)を取り出した。 同じようにナイフで切り出そうとしたが、非常に硬くなかなか切り出せなかった。大型のナイフで、ナタのようにして強引に切り込みを入れた。一番硬い食材と言われる理由が分かった。切り出した片もばらばらになってしまった。比較的うまく切り出せた断面試料を図40に示す。断面は割断面に近くなり、三回カビ付けとは異なり、凹凸ができてしまった。
何回かの観察で、比較的うまく撮影できた結果をしめす。 図41〜46は表面のカビの様子が見えるように、少し前に傾斜して観察した結果である。
図41では割断面の凹凸の様子が分かる。表面のカビは菌糸が多く、鰹表面は一面にモルタルを塗ったようである。 中央の筋細胞部を見るため、試料を起こして、断面を真正面から観察した。結果を図47〜52に示す。
五回のカビ付け枯節にも筋細胞の敷石構造が認められた。しかし、その境界には粒構造はあまり認められなかった。敷石構造は各境界の凹凸によるコントラストの差で見えているようである。強拡大像(図51,52)で、粒界に粒が残っている事が分かった。 別の試料で、カビを取り去った鰹表面像が得られたので紹介する。 図53,54の左部は切断面の端で、ナイフでこすってカビを拭った。
カビを取り去っても、菌糸が鰹表面に密着している事が分かる。これは図45,46で観察した結果を良く説明できる。 以上、鰹節にカビ付けした効果を観察してきたが、次のことが言える。 1.カビ付けをするほど、鰹節は硬くなり、五回カビ付けでは、ナイフで切断できないほど硬くなった。 2.カビ付けの回数が増すと、鰹表面に菌糸が多く密着し、層を形成する。 3.筋細胞の境界に粒構造があり、一回カビ付けでは粒が連続的に並んでいるが、三回カビ付けでは、点線状に並び、五回カビ付けでは存在はするが、さらに少なくなっている事が分かった。このことから、粒構造は脂肪と関係がありそうである。 粒構造が何であるか、うまみの元のイノシン酸はどのように含まれているのかなど、まだ不明な点が多い。参考書にもなかなか書いてないので、今後は専門家に是非お聞きして、より正確な解釈をしていきたい。 −完− | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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