■鰹の削り節と鰹菌(1)
2008年10月から2009年1月の期間、国立博物館で、「菌類のふしぎ」という特別展が開かれた。何かSEM観察をするヒントがないかと、久しぶりに博物館を訪問した。菌類とは、きのこ、カビ、酵母を総称して呼んでいるとのこと。光るきのこなど、今まで知らなかった菌の種類やそのはたらきを学ぶ事ができた。人間の食生活と菌類の部屋では、いろいろな菌が、食生活をより豊かにしてくれている事が分かった。特に、鰹節がカビを利用した日本独特の優れた発酵食品であることを知った。日ごろ、手料理のだしとして、鰹の削りぶしのお世話になっているので、興味深かった。 参考書によると、鰹の削り節には二種類あって、紛らわしいが、「かつお削りぶし」と「かつおぶし削りぶし」がある。「かつお削りぶし」の薄削りは「花かつお」で良く知られている。製法は、まず三枚におろして煮て(煮熟)、骨抜きをした後、堅木を燃やしていぶ(燻)して(培乾)水分を減少させる。何度も培乾をしてできたのが荒節である。この荒節を削ったものが、いわゆる「花かつお」である。鰹肉の中には活発な酵素が含まれているが、死んでしまうと酸素が供給されないので、筋肉中の酵素が活動を始め、アデノシン三リン酸(ATP)を分解して、うまみの成分であるイノシン酸が作られる。このイノシン酸は、水酸化ナトリウムで中和すると、イノシン酸塩(イノシン酸ナトリウム)になり結晶になる。 「かつおぶし削りぶし」は、いぶしにより生じた荒節表面のタールを削り取り、天日にさらした後、湿度の高い「むろ」に入れて、カビを発生させる。カビは成長のため荒節の中から水分を吸収する。その後天日で干す。このようにカビ付けと日乾を繰り返す(3回〜6回)と、乾燥した鰹節ができる。これを本枯節と呼ぶ。本枯節を削ったのが「かつおぶし削りぶし」である。このカビ付により、鰹節を微生物が増殖できないように乾燥させるだけでなく、酵素がたんぱく質を分解して、うまみの源となるアミノ酸とイノシン酸を作る。また油脂分解酵素も出して、鰹節内の油成分を分解して食べてしまう。この結果、鰹節からは油成分のないダシが取れる。 最初に観察したのが、花かつおである。花かつおをルーペで見ると、ちょうど木の年輪のような模様があり、その中には、木の導管のような白い粒々が認められた。 参考書から、鰹の身はほとんどが骨格筋でできている事が分かった。骨格筋は、我々の腕の筋肉と同じで、細長い筋線維束からできている。ルーペで見た白い粒が、筋線維であり、年輪のように見えるのが、筋線維束ではないかと思う。年輪の線はおそらく、栄養などを供給する結合組織ではないか。 筋線維束と結合組織を一度に見るには、鰹の身の横断面が良いのではないかと、削り節を紙の皿に出し、ルーペで一枚一枚の年輪と白い粒の様子を調べた。苦労の末、横断面に近い状態で削られている削りぶしを見つける事ができた。その観察結果を示す。 かつお削りぶし(花かつお)の観察 何枚もの花かつおを調べた結果、図1のような、骨格筋の横断面に近い片が見つかった。 これを、Tiny SEMで観察した。
白い粒部のSEM像では、直径数十μmの敷石のような模様が観察された。これが筋線維ではないかと、倍率を上げた。
敷石模様の目地部には、粒構造が認められた。さらに拡大すると、
直径1〜5μmの粒が、目地部に並んでいることが分かった。 粒が表面から突出しているかを確認するため、試料を30度傾斜して観察した。
粒は、中から染み出て油のように丸まり、筋線維の境界表面に並んでいると考えられる。表面から突起していることから、花かつおが削られた後に生じたと考えられる。酵素の働きで生成したうまみ汁(アミノ酸やイノシン酸)が染み出たのではないかと思う。 他の会社の製品で、少し厚めの花かつおを観察した結果を次に示す。
この花かつおでは、かなり揃った1〜2μmの小石を並べたように、しかも連なって境界に並んでいる。絞り染めの模様にも見える。筋線維境界に並ぶ小石状の粒も、染み出たうまみ汁ではないかと思う。前の花かつおについても、筋線維束と考えられる領域は、丸いのではなく、多角形をしている事が分かった。 かつおぶし削りぶしの観察 次に、カビ付け加工をして作った本枯節を削った「かつおぶし削りぶし」を観察した。本枯節は堅くなっているので削りにくいようで、削りぶし片は小さく、やや厚くなっている。これについても、開封した削りぶしから、網目状の模様が見える横断面の片を探した。片が厚いと、模様が比較的良く見える。
かつおぶし削りぶしは、花かつおと同じような敷石模様になっていた。特徴的なのは、目地に当たる境界の粒子が細長いことと、結晶性の粒子が散在していることである。境界の粒子は繋がっていて、ちょうど半田でステンドグラスを張り合わせたように見える。花かつおに比べ、境界部の粒子の量も多くなっていて、粘度は柔らかくなっているようである。結晶は1〜8μmの直方体が多く、境界の上だけでなく、筋線維上にも散在している。結晶性であることから、イノシンサン塩結晶の可能性が高い。イノシン酸が精製過程で塩になったのであろうか、それとも、他で精製したイノシンサン塩を添加されたのであろうか。 いろいろ削り節を調べている間に、上記とは別のメーカの商品から、鰹節の表面部を含む横断面片が見つかった。カビ付した鰹節の表面部がどうなっているかに興味を持ち、この片を詳しく観察することにした。
削りぶしの上辺は黒く染まり、凹凸があった。この部分は、培乾処理により黒くなった部分と思う。この片のSEM低倍像を図22に示す。赤枠で示す内部には、今まで観察した敷石構造がある。詳しく観察すると、
前の試料(図15〜20)とほぼ同じ模様をしている。境界には長細い粒子が連なっている。この他のメーカーの商品にも、結晶性粒子が散在しているのが分かった。この試料の結晶分布も、境界だけでなく、筋線維の表面もある。染み出たものでなく、後から塗されたように見える。 次に図22の青い枠で示す、鰹節表面部に注目した。
鰹の表面200μmくらいは、敷石構造とは異なり、細かい複雑な明るいコントラストがある。さらに拡大して、構造を調べると。
表面には、ちょうど陶器に上薬をたらしたように、粘液が表面を被っている事が分かった。これも削った後に、表面に染み出た物質のようだ。私は鰹の刺身を良く食べるが、表皮の下の身との間に、油分の多い層があるが、その部分が酵素の作用でイノシン酸などのうまみ液に精製されたのではないかと考えた。 さて、カビが付けられた鰹の表面はどうなっているのかを調べるため、鰹の表面部と考えられる図22の黒枠部を観察した。
この部分は、デジタルカメラ像では、こげ茶に写っている部分である。カビ付が何度かされ、最後には表面のカビがふき取られた表面である。図31には、カビの菌糸のような像が見える。ふき取っても、表面から離れなかった菌糸ではないか。 以上、市販されている荒節を削ったかつお削りぶし、カビ付をした本枯節を削ったかつおぶし削りぶしの表面を、電子顕微鏡で観察し、うまみ成分がどのように、どこに生成されているかを推定した。 鰹の身の横断面方向に削られたかつおぶしを観察した結果、10〜100μm径の多角形状の筋線維が束になっている事が分かった。筋線維の境界には、粘液状の物質が点状に染み出ている事が分かった。これがイノシン酸などのうまみ成分ではないかと思われる。カビ付により、この液状物質は境界全体に染み出ていた。また、鰹の身の油成分が多い表面部には、多くの粘液が染み出ている事が分かった。 最近の私の手料理には、鰹削り節がよく使われる。それは鰹削り節を観察して、カビの見事さと、うまみの秘密を知ったからである。さらに、この実験のため、たくさんの商品を買いあさったからである。 今後は、カビ付により、どのようにうまみ成分が生成されるのかを、カビ付けした鰹節を使って観察してみたい。 −完− | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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