■お御足を拝見します(カマキリ)
お御足拝見シリーズはだいぶ長くなった。この辺で次の話題にと思っていた頃、また私の前に、見て欲しいという昆虫が現れた。それが今回のカマキリである。公園でスケッチをしていたとき、ふと眼に留まったので連れ帰った。いつものように、よく洗った蜂蜜の空瓶に入れると、なんと平気でガラス面を登った。その様子を次の動画で示す。 ビンの中に入れると、すぐ立ち上がり、ビンの壁面を登ろうとした。最初は、後脚で立っていたが、次には、脚を広げ、ちょうど人間が岩登りをするようにガラス面を垂直に登り始めた(図2)。まず鎌の先の前足で前方の面をとらえ(図3)、中脚と後脚を前に進めて固定して体重を支え、さらに前足を出して前に進む。瓶の上部に登りきった後は横に動こうとしたが、しばらくして足が滑ったのか、力がなくなったのか、落下してしまった。しかし、すぐまた登ろうとした。体長5センチ以上もある昆虫がどうして、きれいなガラス面を簡単に登れるのあろうか。またまた足裏を観察したくなった。また鎌もどうなっているのか、よく観察することにした。
まず、いつものように、各足をSEMの試料台に固定した後、デジタルカメラで着地する足の裏面を撮影した。結果を図4に示す。図3で分かるように、前足は鎌の先の外側から出ている。中脚、後脚の全体は大変長いのが特徴的である。特に後脚は、体長の4分の3くらいある。
前、中、後足の形状はほとんど同じで、前足がやや小ぶりである。どの足も先端に爪が、その下には着地する4個の符節が並んでいる。先端ほど符節が大きい。 次に、この足を順番に小型SEMで観察した。 ・前足
鎌から前足が伸びている様子を観察したのが図5、6である。前足は鎌先端の大きな角の付け根から関節を介して伸びている。この関節により、前足は自由な方向に曲げる事ができる。だから、獲物を鎌で挟んでいても、前足は自由に動かせ、歩く事ができるのだ。 次に、試料を回転して、前足の形状を観察した。結果を図7に示す。
図7aは図4のデジタルカメラ像に対応する足裏のSEM像である。bは45度程度回転した像で、cは180度回転した像で、dは270度程度回転した像である。dは符節を真横から観察した像で、符節が繋がっている様子が分かる。符節は初春に見る木の新芽を思わせる。 次に、各符節を拡大して詳細を観察した。符節を先端から、第1、第2、第3、第4符節と呼ぶことにする。 先端の爪と第1符節を観察した結果を、図8〜13に示す。
先端の爪は、カミキリムシやジョウカイボンと同じような二本の開いた角状である。爪の間には、アリで観察したような褥盤(じゅくばん)構造は無い。 第1符節は、着地にもっとも寄与する部分であると考えられるが、ジョウカイボンやカミキリムシで観察したような毛束はなく、またショウリョウバッタで観察したような吸盤を思わせるような構造も無く、二個の重なった風船のようである。表面はかなり滑らかで、馬や人の臀部を思わせる。 次に第2〜4符節を観察した。
第2,3符節は、第1符節のように大きく膨らんだ構造ではないが、少し小さいハート形で、上部の切込みがくぼんでいる構造である。 ・中足 中足の形状は、前足とほとんど同じであった。
・後足 体から伸びた後脚の基節は長いが、足先の符節部の形状は、前足、中足とほとんど同じであった。
・どうしてガラス面を登れるのか? さて、観察してきたこの符節の構造で、どうしてガラス面を登れるのであろうか。テントウムシやショウリョウバッタにあった吸盤のような構造や、ハエトリクモのような多くの毛も無いのに、体重を支えるような滑り止めはどうしてできるのであろうか。 ガラス面を登るのに最も寄与していると考えられる第1符節の構造についていろいろ考え、次のような考察をしてみた。 まず、第1符節の表面は、ふっくらとした滑らかな風船のようであることである。このことから、風船と鏡を使って実験をしてみた。まず、孫のために買ってあった風船を一個頂戴して膨らませた。次に図26のように、洗面所の鏡をよく磨き乾燥させ、風船を少し鏡に押し付けて下に引いてみた。結果は簡単に下に滑った。これは想像していた通りである。次に、符節表面にわずかな粘液があると仮定して、風船の表面にわずかに手荒れ防止のクリームを塗った。それを鏡に押し付けて下に引いたら、動かない!わずかな粘性の濡れが、すべりを阻止したのであろう。しかし、鏡に垂直に離すときは、風船は順次球状になるので抵抗が無く簡単に剥がれる。もし、符節が平坦な面であると、濡れで滑り難くはなるであろうが、面同士が密着して離すのが難しくなる。つまり、風船のように変形しやすい符節表面に濡れがあると、鏡面に押し付けて面上を移動させるにはかなりの抵抗が生じ、鏡面から垂直に離すのは容易になる。これだと思った。つまり、足をガラス面に着けたり離したりするときは抵抗が無いが、面上を滑らせるのには多くの抵抗があるのである。その滑り難さが、身体を支えられる力になっているのであろう。符節表面が風船のように柔らかいと、着地したとき接触面積が増し、滑り難さもさらに増大するであろう。カマキリの符節表面が実際に濡れているかどうかは分からないが、汗のような濡れがあることは容易に予想できる。たとえ粘性の小さい濡れであっても滑り止めになることも分かった。実際、風船の表面を粘性のない水で濡らすと、水を多く付けると滑るが、ティッシュでサッと拭うと、滑りがなくなった。 前に観察したハエトリグモが簡単にガラス瓶を登れる理由として、文献では原子間に働くファンデアワールスの力であると説明があったが、私は納得がいかなかった。ハエトリグモの多くの柔らかい毛の先がわずかに濡れていて、今回の実験のように身体を支える力になっているのではないかと思うが、どうであろうか。 そういえば、このような現象は日常の生活でも見かける。 孫たちが小さな手で、大きなコップを持って水を飲むとき、滑り落とさないかと、いつも心配するが、けっこう落とさない。これは年寄りの我々より、若い子供の指表面が適当に濡れていて、それが抵抗力になって滑りにくいのであろう。また、スーパーでレジ袋を開くとき、私はどうしても指を舐めて滑りを止めるが、若い店員さんは、何気なく開いてくれる。
カマキリはよく図27のように、自分の足を舐めているが、これは足裏のゴミを取り、濡れ易くしていると考えられる。 カマキリがなぜガラス瓶を登れるかについて、足裏の観察を始めた頃は不思議であった。こうして考察を進めると、昆虫学者からは批判を浴びるかもしれないが、それらしく納得できるようになった。カフェテラスを訪問してくださった皆さんは、どう思われますか。 ・鎌の構造 カマキリの足裏を観察した機会に、獲物を捕らえる凶器である鎌の構造も観察した。その結果を次に示す。
図28は鎌のデジタルカメラ接写像である。鎌の内側には、サメの口のようにとがった歯のような突起が並んでいる。図29はそのSEM像で、脛節(けいせつ)と腿節(たいせつ)の内側が観察できるように、試料を回転して撮影した。獲物は脛節と腿節で挟み込まれ、鋭い歯で逃げられないように捕まれるのであろう。 図30から図33は、脛節内部を順次拡大して観察した像で、何本もの鋭い歯状の突起が見える。
図33では、突起に沿って表面に溝が入っているのがわかる。打ち止め用の釘先のようで、見るからに突き刺さったら外れないようである。突起列の内側にある毛は、獲物を噛んでいる様子を検出する感覚機能を持っているのであろう。 図34から図37は、腿節内側を順次拡大して観察した像である。
腿節内側にもサメの歯のような突起が何本もある事が分かった。まさに鋭いドリルを何本も並べた凶器である。 昆虫の足裏の観察は長くなったが、観れば観るほど複雑で、不思議で、面白い。今後も機会あるごとに観察をしていきたい。 −完− | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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