■虫歯にはどんな虫が?
孫の所に遊びに行ったら、最近抜けた奥歯が放置してあった。よく見ると虫歯であった。これこそ欲しかった虫歯だと、お願いしていただいて帰った。虫歯の虫?とはどんなものなのか、電子顕微鏡で是非観察してみたかった。 ・虫歯とは 観察した結果を報告する前に、にわか勉強した虫歯について説明をする。 図1は正常な歯の断面構造と、虫歯ができるようすを説明した図である。
図の左に正常な歯の断面構造を示す。表面は、無機質のエナメル質が被っている。無機質は主にリン酸カルシュウムの結晶でできている。その下は、たんぱく質の繊維やミネラルからできている象牙質で、細かい血管や神経も含む。象牙質の下には、神経と血管網からなる歯髄がある。 次に、虫歯ができる様子を右図で説明する。もともと口の中には、非常に多くの細菌が住みついている。たんぱく質と細菌を含む唾液(だえき)が常にこのエナメル層を被っている。放置しておくと、細菌は繁殖して歯の表面にこびりつく。この細菌の固まりの付着物を歯垢(しこう)とかプラークと呼んでいる。虫歯の原因となる細菌は連鎖(れんさ)球菌や乳酸桿菌(かんきん)で、その大きさは約1μmである。これらの細菌は、飲食物から糖分を取り込み、強い酸を作る。すると歯の表面のミネラルが奪われ(脱灰層)、結晶が壊れて腐食穴があく。これが虫歯である。エナメル層からさらに深い象牙質に穴が及ぶと、そこには神経があり、冷たい水や酸っぱい物を食べると刺激され、痛く感じる。 ・虫歯の断面の観察 まず、観察した虫歯の接写像を図2に示す。これは乳歯の奥歯である。
図2のA部は、臼状の奥歯の周囲で、損傷があまり生じていないと思われる部分であり、C部は茶色に変色し、穴が深く浸食している完全な虫歯部分であり、B部はその中間で削れて窪んでいる部分である。 図3はA,B,C断面が観察できるようにペンチで劈開した試料である。この劈開した試料を使ってSEM観察した。
図4はA部の断面を観察したSEM像である。劈開面であるので、硬さによる劈開面の凹凸が認められる。その形状から、図5のようにエナメル質と象牙質の層が判断できた。ここで注目すべきことは、エナメル層がAB部でなくなり、B部では象牙質層までが削られていることである。これは図で示すように、虫歯菌によって欠損部と示した部分が蝕まれたと考えられる。まず、AB部に注目して詳細に観察した。
図6はエナメル質と象牙質の境界が表面に露出している場所である。図7はその拡大像を示す。エナメル質(上部)と象牙質(下部)が凹凸で明瞭に区別できる。
図8、10は境界部のエナメル質部を、図9、11は象牙質部を拡大した像である。
エナメル質部には特有の筋肉模様が、象牙質部には特有の細管が認められる。表面部にはいずれも7μm程度の非晶質層が認められ、最表面には2μm程度の別層があることが分かった。前者の非晶質層が脱灰層であり、後者が歯垢と考えられる。 ・虫歯の表面の観察 次に歯の表面を観察するため、試料を傾斜した。図4の視野を手前に傾斜して撮影した像を図12に示す。
エナメル質の凸部に、土砂崩れが起きたような像が認められた。その部分を拡大したのが図13、14、15である。この崩落面が虫歯で蝕まれた部分と考えられる。
図13、14の左上部はエナメル質の表面で、かなり滑らかである事が分かる。図15の蝕まれた面には約1μmの凹凸が認められる。これは虫歯の細菌と考えられる。 次に、B部の表面を観察した。
B部表面は象牙質が浸食された部分で、凹凸はあまりなく、壁土を荒く塗ったような形状をしている。図17から図20は、B部表面から盛り上がっている歯垢を順次拡大して観察した像である。
この歯垢を拡大すると、無数の細菌の塊である事が分かった。特に図20では約1μm径で長さ5μm程度の細菌が多数認められる。
図21はB部の別視野の表面を観察したものである。この視野を拡大すると。
マカロニのような細菌が表面にびっしり埋まっている事がわかった。これはたぶん乳酸桿菌であろう。歯垢の正体は、このように細菌がドロドロ液の中に埋まっているものであることが分かった。試料を乾燥させたため生じた亀裂部から、歯垢の厚さは数μm以上あると予想される。とにかく細菌の数の多さに、身の毛がよだった。 次に、試料をさらに傾斜して、深く浸食されたC部分を真上から観察した。
虫歯の浸食部にはところどころに10〜150μm径の穴があいている。
図26から図29は、中程度の穴(長辺60μm、短辺15μm)について、拡大しながらその形態を観察した例である。穴はちょうど地面の一部が陥没したような形をしている。なお底の黒い線は、観察のために乾燥させた時に生じた亀裂であろう。
図27に見られるように、穴の表面や壁面、底面はすべ1μm程度の顆粒細菌がびっしり詰まっている。これが連鎖球菌類であろう。虫歯の代表的な菌であるミュータント菌と思われる。 次に、ペンチで破断したときに割れた別の破片を観察した。この破片にも、茶色でCと同じ穴があいた部分があった。その表面SEM像を図30に示す。
別破片の表面にも、10〜200μm径の穴が開いているのが分かる。図31の中央にある約50μm径の穴に注目して、拡大観察した。その様子を図32〜35に示す。
この穴も、図27の穴と同様に、陥没した穴のようである。
図34では、球状の細菌が全面を被っているのが分かる。またその左視野でも細菌群が盛り上がっているのが分かる。細菌は歯の表面に酸を作り、その酸が歯を溶かしていくのであるが、ある条件が整うと、酸は象牙質を一気に蝕み、ポッカリ穴が開くことが分かった。 次に、平坦部の拡大像を紹介する。図36は図31の穴の左上平坦部を観察した写真である。その視野を拡大して観察した結果を図37〜39に示す。
平坦部にも多くの細菌があり、虫歯全体がこのような歯垢で覆われている事が分かった。
拡大すると、球状の連鎖球菌、長い桿菌が混在している事が分かった。まさにマカロニグラタンである。 このように、歯の表面には、ねばねばした歯垢が付着しやすい。それを取り去るのが、歯磨きである。参考書には、まずブラッシングして歯垢をできるだけ取り去り、次にフッ素イオン入りの歯磨きで磨き、歯の表面の脱灰された部分にミネラルを供給し、再石灰化することが重要であると書かれてあった。つまり細菌でミネラルが奪われるのを、歯磨きによって修復する、いわゆる歯表面のミネラルのバランスが重要であるとのことである。だ液は、歯の表面を中性にする働きがあり歯を守る。睡眠中はだ液はほとんど出ないから、睡眠前に糖分の多い甘いものを食べたり、酒を飲んでそのまま寝ると、細菌がどんどん酸を作り、歯の表面が脱灰され、虫歯が容易にできる。このように、少なくとも朝晩の歯磨きは虫歯の予防に欠かせないものである。 私は甘いものが好きで、ふだん食べていた。忙しさに紛れ、歯医者にもなかなか行かなかった。定年を迎えたときに、歯が痛く、欠けてきたので歯医者に全部の歯を見てもらった。残念だが、それまでの不摂生で、二個のブリッジ歯を入れている。もうこれ以上、歯を悪くしたくないと、半年に一回は歯のチェックをしてもらい、悪いところはすぐ治してもらうようにしている。お互いに、二度と生えない歯は大切にしたい。 −完− | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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