■初めて見たブドウの花

毎年モモの花が咲くころ、山梨の桃源郷にハイキングにでかける。今年はモモの花の満開には少し早かったが、極楽の世界を思わせる景色と香りを満喫する事ができた。帰り道、友人がビニールハウスの隙間から、ブドウの房のようなものを見つけた。もうブドウが実り始めたのかなと話していると、ハウスの持ち主と思われる奥様が近づいてこられた。「これはブドウの花なんですよ。ブドウは知っていても花を知っている人は少ないでしょう。私も東京から嫁に来て初めて知りました。どうぞ、中に入って見てください」ということで、ブドウの花を身近に見る事ができた。

初めてみたブドウの花 ブドウの花の接写像
図1 初めて見たブドウの花 図2 ブドウの花の接写像


図1は小さい実のように見えたブドウの花房で、花穂(かすい)と呼ばれている。さらに近づくと(図2)、ヒゲが出ていた。これが花であった。ブドウの花は、花弁を持たず、メシベとオシベだけがある。いろいろな状態の花から、花が咲く様子を知る事ができた。

ブドウの開花の様子(図a、b、cの順に開花する)
図3 ブドウの開花の様子(図a、b、cの順に開花する)


図3はブドウの開花の様子を示す写真である。ツボミは直径2mm長さ3mmくらいで、ピーマンの小さいような形をしている(a)。次にツボミの外皮(花冠:かかん)が基のほうから剥がれて、帽子を脱ぐように外れる(b)。中から、5本のオシベと徳利型をしたメシベが現われる(c)。これがブドウの開花である。なんと質素な花だろう。花穂の中に面白い花を見つけた。

面白い形の花 面白い形の花の光学顕微鏡像
図4 面白い形の花 図5 面白い形の花の光学顕微鏡像


図4の左の花は、開花前に一片の花冠が外れているもので、中身をこっそり見せてくれる。
右の花は、一つのオシベがメシベの上部(柱頭:ちゅうとう)にぴったりくっついている。これを30倍の光学微鏡で見たのが図5である。図5-L、-Rには花粉が見える。

図2に示す部分の房をいただいて持ち帰ったので、SEM観察をした。その結果を紹介する。
SEMで検鏡するには、花を乾燥させるため、水を多く含む部分は萎んで変形するので、解釈にはそれを考慮する必要がある。

まずは、オシベを。

オシベの葯のSEM像 葯上の花粉群
図6 オシベの葯のSEM像 図7 葯上の花粉群


図6はオシベの花粉を着けている葯(やく)の全体を示す。葯を支える花糸(かし)は乾燥して萎んでいる。花粉は硬いのであまり変形していないようである。図7、8で、いろいろな形の花粉が見えるが、基本的には4本の溝が入ったラクビーボール状であると考えられる。図9に比較的変形されてない花粉のSEM像を示す。大きさは直径約30μmである。表面には小さな穴が見える。

オシベの拡大像 花粉の拡大像
図8 オシベの拡大像 図9 花粉の拡大像


次に、図5-Rに示した、オシベがメシベの頭に張り付いている花を観察した。

図5-RのSEM像 頭部拡大像
図10 図5-RのSEM像 図11 頭部拡大像


図5と比べると、葯を支える花糸やメシベの下部の子房(しぼう)が萎んでいるが、オシベがメシベの柱頭を捕らえて、しっかりメシベを独占しているのが分かる。このオシベの花粉を観察すると。

他の花粉 図12の花粉の拡大像
図12 他の花粉 図13 図12の花粉の拡大像


同じようにくぼみがある。表面の孔を拡大して観察すると(図13)、いろいろな孔があり、その中にさらに小さな突起が認められた。これはメシベとの接触の際に必要なのだろうか。


次に徳利型のメシベを観察した。

メシベの全体像 メシベの柱頭部拡大像
図14 メシベの全体像 図15 メシベの柱頭部拡大像


図14は十分開いた花のメシベの全体像である。下部の子房(しぼう)が豊かで、上に伸びる花柱(かちゅう)は他の花に比べて短いのが特徴である。柱頭部(図15)にはすでに沢山の花粉が付着しているのが分かる。ブドウは自家受粉花(同じ花の花粉でも受精できる)なので、すでに受粉されているかを調べようと、柱頭を上から見えるように試料を傾斜した。

メシベを柱頭上部から観察 柱頭上部
図16 メシベを柱頭上部から観察 図17 柱頭上部


図16はメシベを上から見たSEM像である。柱頭部を拡大すると(図17)、花粉は周囲に多く付着して、上面には少ない事が分かった。さらに注目したのは、上面の中央に孔のようなものがあることであった。さらに拡大して観察した。

柱頭上部拡大像 柱頭部上部強拡大像
図18 柱頭上部拡大像 図19 柱頭部上部強拡大像


図18には明らかに柱頭中央部に穴が認められる。さらに拡大したが(図19)、中身のようすは観察できなかった。この孔は、破損したものでなく、もともとあった隙間が開いたものではないかと推察した。

参考書によると、受粉すると、花粉は柱頭の粘液に刺激されてモヤシのように発芽し、花粉管として長く成長し、それが花柱の中を通り子房に届き、子房の中の胚珠と受精をする。その後、子房は果実に、胚珠は種子になる。

上面に認められた孔は、ひょっとして、花粉から成長した花粉管を子房に導くための隙間ではないかと考えた。つまり、何個かの花粉のうち、一個だけの花粉が花粉管をこの隙間から入り込ませて、子房に配管し、精細胞を送り込む事ができるのはないかと推察した。これについては、参考書で確かめる事ができなかった。

図5-Rで見た開花寸前の花のメシベやオシベがどうなっているかも興味があった。
その試料をSEMで観察してみた。

図5-L花のSEM像 花Lを上部より観察
図20 図5-L花のSEM像 図21 花Lを上部より観察


花冠に覆われたオシベやメシベをのぞき見る事ができる。開花前でも、メシベやオシベは成長していて、図21に見るように、オシベには多くの花粉は付着している。
柱頭のようすが見たくて、試料を傾斜した。

花Lの柱頭上部 花Lは柱頭部の花粉
図22 花Lの柱頭上部 図23 花Lは柱頭部の花粉


試料を傾斜すると、隙間から柱頭の上面が観察できた。さらに拡大すると(図23)、
柱頭周囲には同じように花粉が付着し、興味ある中央には、矢張り孔が認められた。隙間からの観察なので、見にくいが、孔の手前には花粉が花粉管を伸ばしたような像も認められる。

受粉は、非常に神秘的なことであるので、後日もう少し詳しく調べたい。
筆者はこの分野は基礎知識にも乏しいので、もう少し勉強してから、系統的な実験をして、皆さんにも是非紹介したい。

                                         −完−





タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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