■スギ花粉の正体(その4)

前回までの観察から、スギ花粉症の原因となる抗原(アレルゲン)は、花粉の表面に付いているコンペイトウ状顆粒と深い関係があるのではないかと予想した。しかし、科学的根拠も乏しく、その真実を知りたかった。前回の更新が終わった頃、日本顕微鏡学会がつくば市で開催された。そのプログラムに「スギ花粉アレルゲンCry j1 と Cry j2 の成熟花粉および発芽花粉における局在性とその意義」という題目があるのを知った。筆者が知りたかったそのものの研究発表である。全く専門外のセッションであるが、どうしても知りたくて、厚かましくも聴講することにした。講演会では神奈川歯科大学の生物学教室の中村澄夫教授が発表された。興味のあるスライドがどんどん紹介された。なんといっても感動したのは、免疫電子顕微鏡法を用いて花粉の抗原の存在場所を観察されたことである。花粉の超薄切片像で、あのコンペイトウを含む花粉の断面像が映し出され、そこに抗原の分布状態がはっきりと捉えられていた。講演後、感激して中村先生に挨拶に行ってしまった。その後先生は、何も知らない私にお手紙や電話で親切に教えてくださった。今回は先生にお聞きした事で自分なりに理解した内容を紹介する。

・スギ花粉の抗原

免疫電子顕微鏡法による抗原局在観察 花粉壁部の構造説明図
図1 免疫電子顕微鏡法による抗原局在観察 図2 花粉壁部の構造説明図


これは抗原抗体反応をさせた花粉を、表面をかすめて切った切片の透過電子顕微鏡像(注1)である。比較のために、前回安全カミソリで切った花粉のSEM断面像を図3と図4に示す。

カミソリで切断した花粉断面像 断面方向から見た花粉表面像
図3 カミソリで切断した花粉断面像 図4 断面方向から見た花粉表面像


図3はカミソリで切断した花粉を断面方向からSEM観察した例で、断面中央の大きな丸みのある物質は、切断後に出た花粉中身に含まれていた細胞質の一部と考えられる。四角で囲んだ部分の拡大像を図4に示す。花粉の内部を含む断面方向から見たコンペイトウ状顆粒が付着している様子が観察できる。図1の切片像はちょうど図4の表面をハムを切るように切断して観察した像に対応する。

図2に、先生に教わった花粉壁の構造とその名称を対応して示す。今までコンペイトウ状顆粒と呼んでいた粒はオービクルと呼ばれ、図1ではドーナツ状に見えるOrで示された像に対応する。コンペイトウ状顆粒の下地にあるコンペイトウの子供のような顆粒は、セキシン(外層)と呼ばれ、図1ではSeで示されている。セキシンの下の皮膜はネキシン(内層)と呼ばれNeで示されている。この両者をまとめて外壁と呼んでいる。図4のSEM像で、対応するオービクルをOrで、セキシンをSeで表示した。セキシンの下に見える層がネキシン層と思われる。ネキシンの下層はインチン(内壁)と呼ばれる。

図1は花粉の切片に抗原に対する抗体を反応(抗原抗体反応)させ、ついで金コロイド標識第二抗体を反応させているとのことである。すなわち図1に小さく黒く見える金粒子があるところに、花粉症を引き起こす抗原(アルゲン)が分布していることが分かる。先生の講演で報告されたが、オービクルとセキシン部に抗原が多く認められ、その抗原はCry j1と呼ばれている。



前回の観察で4月、5月に飛散して破裂したり粉々になった花粉片にもコンペイトウ状のオービクル、その下地のセキシンやネキシンが認められたが、中村先生からお聞きした研究結果から、そこにはまだ多くの抗原が存在し、花粉症を引き起こす事が分かった。



(注1)このタイニーカフェテラスで紹介しているほとんどの写真は、走査電子顕微鏡(SEM)像で、試料上を細く絞った電子線を走査させ、発生する二次電子を検出して、明暗像を得る顕微鏡法であり、表面の凹凸情報が得られる。他方今回紹介した透過電子顕微鏡(TEM)像は、電子線が透過するほど薄く(<0.1μm)した試料(切片)に平行な電子線を照射し、散乱しながら透過した電子線を電子レンズを用いて結像させる方法である。

                                         −つづく−





タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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