■シーチャンの乳歯 小学二年生の孫のシーちゃんが電話をしてきた。「おじいちゃん、シーちゃんのな前歯が抜けたんね、どんなんなっとるんやろか、おじいちゃんの顕微鏡で見てくれへんか」「そうか、シーチャンも歯が生え変わる年頃だね、よし、郵便でその歯を送ってね、今度見るから」 今回はその歯を観察した。歯は下の前歯(中切歯)であった。 送られてきた切歯のデジカメ接写像を図1に示す。左は側面から見た写真で、右は上から刃先を見た写真である。当初は歯石を撮影して歯磨きの成果を伝えてあげようと思っていたが、切歯の刃先を観察して方針が変わってしまった。
まず、図1の右図のように、刃先の上方からSEM観察した。図2の写真に示すように、刃先の中央部には別の層(回りの黒い層に挟まれた白い層)が認められた。その層を詳しく調べると図3,4のようであった。
中間層(図3)には真空内で生じたと思われる亀裂が多く、強拡大(図4)すると数百nmx1μm程度の大きさの粒が詰まった組織に見えた。 図3で黒く見える周囲の部位は、図5、6に示すようにあまり凹凸がない滑面で、参考書に示されているエナメル質と考えられる。
とすると、中央の層は象牙質なのであろうか。 図7の左図は、いろいろな参考書に示されている切歯の断面説明図である。このような構造であれば、刃先はエナメル質が山脈のようになっているはずである。しかし、シーちゃんの切歯の刃先は、幅は狭いが平らで、しかもその中央に別の層が認められた。そうすると、なんらかの原因で図7の右図のように先端が削れた、と考えると説明できる。これはシーちゃんが何か治療をしたからであろうか、それとも乳歯が抜けるころはこのようになるのだろうかなど、参考書に示されている構造との違いが疑問になった。そういえば、先日の高校の同窓会で、S君が歯医者になり、恩師の歯の治療をしていると挨拶したことを思い出した。早速S君に電話して、シーちゃんの歯が、参考書のようになっていないことを話した。「それは良くあることで、切歯は硬いものを噛み切るから、よく使ったり、歯ぎしりをすると削れるよ」と説明してくれた。「文ちゃんの歯も削れていると思うよ、見てみてごらん?」 自分の切歯の刃先を鏡で見るのは簡単ではない。大口を開けても見えない。そこでデジカメを接写モードにして何枚も撮影してみた。その結果を図8に示す。汚い物を掲載して申し訳ありません。
ある、はっきり見える。自分の切歯の刃先に濃い層がはっきり見える。 夜になり、妻に事情を話して、大口を開いてもらい、見せてもらった。あるある、彼女の切歯にも濃い層があった。33歳になる息子に電話をして見てもらったら、やはり見えるとの事。結構多くの人の切歯は削れていて、象牙質が表面に露出しているのではないか。どの参考書にもこのことは書かれてなかった。若い人の歯は参考書のようになっているのだろうか? なんとか見たいものだ。 歯の断面観察 シーちゃんの歯の刃先が削れているのかどうかを確認するため、その歯の断面を観察することにした。 先端部を観察している間に入ったひびを使って断面試料を作製した。その構造を図9に示す。
図9の左側が、二つに割った歯の断面をデジカメで撮影した写真である。写真の地肌と色から、右図のような構造を推定した。この構造は、参考書に示されている構造で、先端部が削れたと考えるとよく一致する。 この試料の低倍SEM像を図10に示す。試料が大きいので、横に倒して撮影し、つなぎ写真で示した。左側が噛む刃先表面であり、右側が破断面である。硬さが異なるためか、周囲のエナメル質と中身の象牙質では破断面の凹凸に差が認められ、エナメル質は凹凸が大きく見える。図10の下の写真に、拡大して詳細を観察した視野をアルファベットの記号で示した。 A 象牙質の表面部 始めに問題の刃先中央の象牙質部を観察した。結果を図11〜14に示す。
いずれの写真でも、左側は物を噛む刃先部であり、右側は、その破断面である。露出したエナメル表面には、前に観察したように凹凸が認められる。象牙質断面は図11に見られるように、根元方向から生えている藻のような構造をしている。しかし表面近く数μmではその構造が消え、拡大像では数十nmの微粒子から出来ているのがわかる。また最表面では、その構造が踏み固められたようになっている。硬いものを噛むことにより、表面が固められたと考えられる。踏み固められた層の深さは浅く、せいぜい0.5μmである。 B エナメル層の表面部 図15〜18は、表面部の象牙質とエナメル質の境界を拡大観察した結果である。
象牙質は平坦であるのに対し、エナメル質は筋肉を思わせる4x40μm程度の帯状の構造が認められる。 最表面には1μm以下の石を並べたような構造が認められた。しかし、表面は滑らかである。 C エナメル質と象牙質の境界部 歯の表面を覆っているエナメル質と象牙質の界面を調べた結果を図19〜24に示す。
図19と20は境界部の拡大で、左下部がエナメル質、右上部が象牙質である。両者の破断面構造が異なるため、境界は明確に見え、かなり急峻である事が分かった。エナメル質は凹凸がより大きい。
図21,22は境界左下部のエナメル質の拡大像で、筋肉のような繊維状の構造が認められる。図22に見られる帯状の構造は、エナメル小柱と呼ばれている構造であろう。中央は小柱構造の横断面であり、両側は交互に存在する縦断面に対応すると考えられる。すなわち、エナメル質ではこの小柱が織物のように縦横に張り巡らされているようだ。
図23と24は境界右上部の象牙質を拡大観察した像で、象牙質特有の数百nmx数十nmの粒子で練った土塀のような構造であることが分かった。 D 象牙質の根元部 図25、26は象牙質の根元部、すなわち歯髄部に近い部分のSEM像である。
右下の根元部に向かって、平行な溝状の構造が認められる。強拡大した図26でわかるように、この溝構造は直径数μmの管であった。これが象牙細管と呼ばれている構造で、この中を液体状の栄養が運ばれているようだ。 E 象牙質の屈曲部 E部は象牙質の中で破断面構造が急に異なる部分である。図27で、左下部は平坦面であり、右上部は貝殻状の破断面を持っている部分である。
左下部の拡大像を図28〜30に示す。ここはD部で観察したと同じ象牙細管が境界に向かって走っている。
溝を詳細に調べると、図30で分かるように、溝面には50〜100nm径の長い管が何本も壁に認められる。いろいろな物質を供給する配管なのであろう。下水管の中を見ているようだ。 次に図27の右上部を拡大した像を図31、32に示す。
5〜10μm間隔で並べられた象牙細管の横断面に近い視野である。図32でも、細管内にさらに細い管が認められる。このように細管の切り口が異なる像が観察されたのは、おそらく細管がこの場所で屈曲していることが予想される。 −完− | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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