■タンポポのタネ(その2)

前回実験したタンポポのタネの電子顕微鏡観察の際、とても気になっていたことがあった。それは、前回のSEM像(図5b)で、タンポポの冠毛柄の写真中央上部に見えるバネ状の組織である。その時は偶然何か別の植物の組織が付着したのではないかと解釈していた。

更新した後、もう一度その試料を詳しく調べたところ、冠毛柄の矢印部からバネ状の組織が、ちょうどビックリ箱のように飛び出していることが分かった。

 
カントウタンポポの冠毛柄 左矢印部拡大像
図1a カントウタンポポの冠毛柄 図1b 左矢印部拡大像


インターネットや本で調べた結果、光学顕微鏡で観察されている螺旋(らせん)紋道管を見ているのではないかと考えた。種をいただいた野田先生におたずねしたところ、その可能性が大であるとコメントをいただいた。

高等学校の生物の参考書にも道管について説明があった。植物では、水分を花や葉に供給するため、死細胞でできたいろいろな形状の道管がある。前々回の備長炭の断面観察で見た長い筒穴も、水分を供給する道管の一種(環紋道管)である。今回観察した螺旋の形をした道管(螺旋紋道管)は、見るからに、毛細管現象を使って、水分を確実にゆっくり供給できる構造をしている。

他のタネにもこのような組織が観察されるのかを調べたくなり、タンポポの採取に出かけた。ちょうど季節的にも恵まれ、私のウオーキング道には、いたるところにタンポポの綿帽子が咲いていた。しかし我が町で見かけるタンポポはすべて、外側の苞片が反り返っているのでセイヨウタンポポであった。

咲き乱れた綿帽子 綿帽子のアップ写真
図2a 咲き乱れた綿帽子 図2b 綿帽子のアップ写真


黄色いタンポポの花が咲き乱れているのも素敵だが、真っ白な綿帽子が咲き乱れているのも風情がある。またリンと力いっぱい広がっている様子からも元気がもらえる。

採取したセイヨウタンポポのタネの冠毛柄をSEMで観察した結果を次に示す。

カントウタンポポの冠毛柄 左矢印部の拡大像
図3a カントウタンポポの冠毛柄 図3b 左矢印部の拡大像


花びらが付いていたと考えられる部分(図3a左矢印)の内部には、密に巻かれた直径7〜8ミクロンのコイル状の道管があり、外側ではそれが引っ張り出されたように伸びた形状をしている。

さらに、冠毛柄の中央矢印部の組織にも螺旋紋道管が認められた。この部分はおしべが繋がっていた部分だと考えられる。

中央部にも螺旋が見える 中央部下側の拡大像
図3c 中央部にも螺旋が見える 図3d 中央部下側の拡大像


いくつかのSEM観察の結果、ほとんどのタネの冠毛柄にも螺旋紋道管が認められた。

別のタネの冠毛柄 螺旋紋道管の拡大像
図4a 別のタネの冠毛柄 図4b 螺旋紋道管の拡大像


これが道管だとすると、花びらの側にも繋がっているはずであると考えた。

そこで、冠毛柄と繋がっていたと考えられる花びらの根元を観察することにした。

花びらが枯れたタンポポ 脱離した枯れた花びら
図5a 花びらが枯れたタンポポ 図5b 脱離した枯れた花びら


散歩道にもう一度でかけ、綿帽子になる前の、枯れた花びらが付いているつぼみを見つけ、それをそっと持ち帰った。ピンセットでちょっと押すと、枯れた花びらは冠毛から離れた。その根元部を、デジカメの前に10倍のルーペを装着して接写撮影したのが図5bである。



SEM観察の後で驚いたことがある。それは、机の上に放置していた、枯れた花びらを採取した後のつぼみが、あくる日に見たら、パッと広がって綿帽子(図5c)になっていたことである。切り取ったつぼみで水分もなくなり、花茎はすっかりしなびているのに、なんという生命力か。

いつの間にか開いた綿帽子 開いた冠毛と枯れた花びら
図5c いつの間にか開いた綿帽子 図5d 開いた冠毛と枯れた花びら


枯れた花びらの根元は円筒型をしていた。この部分の周辺にも、やはり螺旋紋道管があることが観察できた。

枯れた花びらの下部 矢印部の螺旋紋道管
図6a 枯れた花びらの下部 図6b 矢印部の螺旋紋道管


別の枯れた花びらの下部 矢印部拡大
図7a 別の枯れた花びらの下部 図7b 矢印部拡大


この視野では、冠毛柄と同じように、花びらの奥に密に巻かれた螺旋構造が見え、外部ではそれが伸びてひろがった形をしている。

花びら中の螺旋紋道管 螺旋紋道管の拡大像
図7c 花びら中の螺旋紋道管 図7d 螺旋紋道管の拡大像


螺旋の直径はやはり7〜8ミクロンで、螺旋を作る弦の太さは約1.5ミクロンであり、これ以上拡大しても、表面には顕著な凹凸構造は認められなかった。

枯れた組織の中に、螺旋紋道管だけがはっきりした形で残っているのは、この道管がかなり強固なセルロースで出来ていることを示唆する。



今までの観察結果を模型を作って自分なりにまとめてみた。

花びらが離れる前の模型図 花びらが離れた模型図
図8a 花びらが離れる前の模型図 図8b 花びらが離れた模型図


タンポポの花茎から花びらには、水分を供給する螺旋紋道管が繋がっている。種ができ、役目を終わった花びらが枯れても、強固な道管は残っている。花びらが冠毛柄から離れるとき、螺旋紋道管は引き伸ばされ、ついには引きちぎられてしまう。だから冠毛柄表面にも、花びらの根元にも、引き伸ばされた螺旋紋道管が観察される。



次に、図5cで紹介した、摘み取ったつぼみを放置しておくと、綿帽子がいっぱいに開く現象を確認するため、観察をした結果を紹介する。

朝、三種類の開花が終わったつぼみを切り取り、ボール紙に固定して時間経過による変化を観察した。



採取したつぼみ 5時間後
図9a 採取したつぼみ 図9b 5時間後


図9aは採取したつぼみで、右側は花びらが落ちて冠毛だけになっているつぼみ、中央は枯れた花びらが落ちそうなつぼみ、左側は枯れ始めた花びらはまだ冠毛の中にあるつぼみ、である。空調の効いた室内で放置した結果、5時間後には左、中のつぼみの冠毛が開き始めた。しかし、左のつぼみは茎がしおれ、つぼみはおじぎをしてしまった。

10時間後 15時間後
図9c 10時間後 図9d 15時間後


ところが10時間後に見ると、しおれておじぎをしたつぼみの冠毛は開き始めた。右、中のつぼみはほぼ完全に冠毛が開き綿帽子になっていた。15時間後には、3個とも綿帽子が完全に開いていた。この様子を考察すると、タネができたつぼみは、水分や栄養が供給されなくても、ある時間がたつと、ちょうどワンタッチ傘のノブを押したように、急に冠毛を開かせる仕組みが入っていると考えられる。この見事さ、生命力、に驚嘆した。


                                         −完−





タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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