■備長炭の吸着作用

備長炭とは
我が家には備長炭がいたるところにある。籠に入れて飾り棚の上に、魚の水槽の中にも、台所のやかんの中にも、冷蔵庫の中にも、ご飯を炊くお釜の中にも、いたるところにある。備長炭は空気や液体の浄化作用があるというので、最近どこの家庭でも見られるようになった。



物の本によれば、備長炭は江戸時代、紀州の炭問屋の備中屋長右左衛門がウバメガシ(姥目樫)の木を備長窯で焼いて最初に作った事から始まったようである。炭の技術はもともと中国から伝わったもので、功労者の一人とされているのが、弘法大師空海である。空海が中国から炭焼の技術を持ち帰り、仏教と同時に日本各地に伝道したと伝えられている。ウバメガシは紀州南部に群生する成長の遅い非常に硬い材質の広葉樹で、炭材として最高の原木である。



備長炭は非常に硬く、叩くと金属音がする。火力が強く、火持ちもよいことから、燃料特に焼き物の燃料として重宝がられている。備長炭はその組織が細い空洞からなる多孔質構造であることとミネラルを含むことから、最近健康材としても注目されるようになった。すなわち多孔質構造による吸着性から、空気や水の清浄化ができ、ミネラル成分の供給ができるというのである。その他にも多くの利点があるようである。



備長炭の外観観察
ではどのように悪臭や不純物を吸着してくれているのだろうか。今回は我が家のやかんの中で何度も使い古した一本の備長炭を失敬して、彼がどのように不純物を吸着してくれているのかを、小形SEMで観察することにした。
用いた備長炭の形状は枝を半分に割ったかまぼこ型をしていて、長さが約6センチ、横切断表面は直径が約2.5センチの半円である。



試料に用いた備長炭
▲試料に用いた備長炭


半円の横断面表面(写真左側面)を10倍ルーペで見た。するとやっと見えるくらいの小さな穴が見えた。この孔の内面に多分汚物が吸着されるのであろう。驚いたことに、小さな穴がある層が円周状でなく枝の中心部から放射状に伸びていることである。たいていの木に見られる年輪が見えない。後日、原木との比較を是非してみたい。

ルーペで見た横断面表面のようす ルーペで見た横断面表面の拡大像
▲ルーペで見た横断面表面のようす ▲ルーペで見た横断面表面の拡大像


備長炭は非常に硬いため、簡単には切り出すことができない。そこで石で衝撃を与え、割れた破片で、もともとの横切断表面が残っている破片を試料とした。また縦断面試料は、鋸を使って切り出した。備長炭は導電性であり、SEMの加速電圧が比較的低加速(〜15kV)であることから、金属コーティングをしないでそのまま観察することにした。



横断面からのSEM観察
まず横切断表面を含む楔形試料を用いて、割れた面、すなわち内面から穴の様子を観察した。

備長炭断面のSEM像 穴の内部の様子
▲備長炭断面のSEM像 ▲穴の内部の様子


ルーペで見えた穴は、直径20〜50μmの大きさで連なっている。その層の間には直径1〜2μmの細孔が約2μmの間隔であることが分かった。これらの穴は、幹の中で水液を上昇させる管状組織の道管と考えられる。写真は厚さ約100μmくらいの薄い破片の内側から覗いたもので、穴の奥の黒い部分が固定に用いたカーボン接着テープであり、ルーペで見た表面部である。穴の内面には多くの汚れが付着しているのが認められる。
まず大きな穴に注目し、同一視野をどんどん拡大して内面の汚染状態を調べた。

穴内面の付着物の様子 穴内面の拡大像
▲穴内面の付着物の様子 ▲穴内面の拡大像


穴内面の強拡大像
▲穴内面の強拡大像


ちょうど下水管の内面を見ているようで、内面にはいろいろな汚物が付着している様子が分かる。2μmくらいの球状のもの、0.1μmくらいの微粒子も認められる。やかんは何度もお湯を沸騰させているので、内面に付着しているものは有機物ではなく、炭酸カルシウムのようなものではないかと推定する。




次に付着物の厚さを測るため、試料を傾斜して穴を真断面から観察した。傾斜角は約20度であった。

別の視野の穴のようす 同一穴の試料傾斜による真断面観察
▲別の視野の穴のようす ▲同一穴の試料傾斜による真断面観察


穴が深さ方向に内径が変わらないと仮定すると、真断面からの観察により、付着物が約4μmあることがわかった。この備長炭はかなり使い古したものであるため、このように内壁に多くの汚物が付着しているのであろう。



次に最初のSEM像で見た1〜2μm径の小さな穴に注目して観察した。穴によって汚れているものといないものがあった。これは多分表面と貫通している度合いによるものと想像する。試料の薄い部分で、比較的汚れが激しい部分とその拡大像を次に示す。

小穴で汚れている部分 小穴の拡大像
▲小穴で汚れている部分 ▲小穴の拡大像


このように1〜2μmの細孔にも、吸着作用がある事がわかった。



縦断面からのSEM観察
こうして観察していると、表面から汚物はどのように深くまで入り込んでいるのかが知りたくなった。そこで、縦方向の断面観察を試みた。石で叩いただけではなかなか穴の縦断面が露出している断面試料が出来なかった。そこであらかじめ鋸で、厚さ3mmくらいの短冊を切り出し、その薄板を劈開することによって、縦断面試料を作製することができた。確かに備長炭は硬く、鋸の歯は欠け、劈開もペンチが必要であった。
きれいに劈開できた断面では、大きい穴が表面から深く繋がっているのが観察できた。
その一つに注目して詳細を観察した。

縦断面の低倍像
▲縦断面の低倍像


上の写真の左面の明るい部分がお湯に露出していた横断面表面であり、右側が破断面であり、中央の帯状の組織が穴の断面である。写真中に記入したアルファベット記号の場所の拡大像を次に示す。

A部の拡大像 B部の拡大像
▲A部の拡大像 ▲B部の拡大像


C部の拡大像 D部の拡大像
▲C部の拡大像 ▲D部の拡大像


A部は穴の入口断面である。破断の衝撃で落ちたのか、入口部の付着物層が剥がれているようである。内部に入ると厚い付着層が壁面を覆っているのがわかる。入り口から約100μm中に入ったB部では、少し薄いが付着物が内壁一面に認められる。約200μmの深さであるC部では、付着物が少なくなり、きれいな備長炭の穴壁に見られる壁穴(黒い凹み)が分かるような薄さである。この壁穴は枝分かれしていて他の穴と複雑に繋がっていて、吸着作用に大きな寄与をしているようである。約500μmの深さのD点では、内壁表面にわずかに付着している様子が認められるが、ほとんどの壁穴がきれいに見えて、付着物の少ないことが分かる。なおC部やD部の写真で、内壁に円周状に見られる突起は、管状細胞が繋がって道管を形成したときの細胞膜の痕跡に対応すると考えられる。
この結果、吸着物があるのは表面から約200μmであることが分かった。この傾向は他の穴についても同じようであった。このことから、備長炭の吸着作用により汚れるのは表面からせいぜい200μmであることが分かった。この様子は、穴の大きさや浸す環境によって多少は異なるであろう。使い古して吸着作用が衰えた備長炭でも、もし表面数百μmを削り取ることが出来れば、新品同様の機能に回復させることが出来るであろう。
                                         −完−





タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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