■ 理科大好きフェスティバルin岩沼市



この度、私の大先輩で尊敬する只野文哉博士(1907−2005)の故郷である宮城県岩沼市を訪問する事ができた。岩沼市は3月の震災でかなりの被害を受けていると聞いていて、震災の報道がある度に気になっていた。只野さんは高等小学校二年(14歳)の時、先生に借りた「子供の聞きたがる話(発明発見の巻)」(原田三夫:誠文堂、1920年)という本を読んで触発され、技術者になろうと思われ上京した。苦学の末、33歳で日立に入社し、創設された中央研究所で、ドイツで発明された電子顕微鏡の研究開発と事業化の仕事を始められた。只野博士は、日立だけでなく日本の電子顕微鏡の産みの親である。45歳で岩沼市の前身である岩沼町の名誉町民になられた。日立では電子顕微鏡の開発だけでなく大勢の優秀な人材を育てられた。65歳で退職後、科学と経済を考える会に移られた。その年、母校の岩沼小学校の創立100周年を記念して講演をされ、それから96歳までの31年間、毎年岩沼を訪れ、小学校や中学校でいろいろな科学テーマを選んで講演された。私は只野さんの孫弟子にあたるが、只野さんのこの生き方に感銘し、何らかの形で継承できないかと思っていた。

岩沼の訪問を取り持ってくれたのは、科学雑誌「RikaTan(理科の探検)」である。この雑誌の4月号から、岩沼小学校の加藤琢也先生が、「身近なものにSEMあ~れ」と題して、小型SEMで観察した写真を連載されている。私と同じようにSEMで身近な物を観察されているので、交流したい事と岩沼の様子も知りたかったのでお手紙を書いた。先生は私のホームページを見てくださっていた事もあり、歓迎してくださった。私が只野博士の孫弟子であることもお知らせすると、急遽、教育委員会から講演の依頼が来た。市制40周年の記念行事である理科大好きフェスティバルの講演者を探しておられたからである。ただ交流させてほしいと手紙を出したのに、講演の依頼までに発展した。只野さんが導いて下さったとしか説明ができない素晴らしい出会いである。

そして、2011年11月5日、図1のようなスケジュールでフェスティバルが開催された。
フェスティバルの案内状 私の講演の様子
図1 フェスティバルの案内状 図2 私の講演の様子


井口市長の挨拶の後、只野文哉記念科学技術作品展の表彰式があった。小学生がいろいろな工作をしたり調査をした結果を応募して審査された結果である。ホールの後ろの壁にその成果が展示してあった。地域を歩き回り、カントウタンポポとセイヨウタンポポの分布を地図上に張り付けた作品が興味深かった。
その後、私が「科学で夢をはぐくむ」と題して、記念講演をさせていただいた。小学生だけでなく、父母や先生方、学生の皆さんも聞いて下さった。このホームページで紹介したツクシノ胞子、テントウムシやクモの足、スギ花粉、稲の葉などの巧みな構造や不思議をSEM観察した結果を紹介した(図2)。
その後、8個のブースで、いろいろなサイエンスショーが催された。岩沼小学校と岩沼市西小学校に納められた卓上SEMもブースに移設されていた。加藤先生のブースでは、砂の中の有孔虫を探してSEM観察したり、液体窒素を用いたサイエンスショーが披露された(図3)。

加藤先生のサイエンスショー 私のタイニーカフェ・コーナー
図3 加藤先生のサイエンスショー 図4 私のタイニーカフェ・コーナー


私は、臨時に舞台の前にタイニーカフェ・コーナーを作ってもらい、持参したパネルを展示させていただいた(図4)。特に父母の皆さんに私の説明を聞いていただけたことが嬉しかった。

今回は始めての企画という事で、教育委員会の皆さんが心配しておられたが、大成功だったと思う。今回の参加は小学生とその父母が主であったが、只野さんが触発された年齢である中学生やさらに上の高校生にも是非参加してもらえるフェスティバルに発展すると良いと思った。







                                         −完−




タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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